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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに

それから、夕方の短い時間にどちらかがメールをして、あの公園で少し話すのが日課になった。
毎日が待ち遠しかった。『会いたい』とは書けずに、甲斐のよく聴くCDを貸してほしいとか、コンビニで新しいお菓子を見つけたとか、そんな風に理由をつけては、甲斐に会うためにメールを送った。
甲斐のメールはいつも同じだった。

夏の甲子園は、神奈川代表が優勝した。私はそれをテレビで見ていた。地方大会の決勝は、来年の甲斐を重ねて見ていたのに、甲子園の決勝戦はなぜか想像できなかった。あの大観衆の中で、甲斐がバッターボックスに立つ姿が想像できなかった。
昨日甲子園に出たチームと練習試合があった。1点差で負けた。甲斐は、控えだったけど、一度も試合には出なかった。
私は、グラウンドを見つめる甲斐を見ていた。表情ひとつ変えずに、グラウンドを見つめていた、甲斐を。

「おれ、こんなこと言ったら何様だよって感じだけど」
「うん」
「いまの市高、全然打ってないんだ」
「えっ」

甲斐は意外なことを言った。地方大会と言えど決勝まで進んだチームが、全然打ってない、って。

「もっと打撃力つけたら、甲子園行けるのに」

悔しかったんだろうな。
グラウンドに自分がいなかったことが。あの中に自分がいたら、ガンガン打って勝てたのにって。

「来年は甲斐が打ちまくってよ」

甲斐はベンチに長い脚を投げ出して、ふっ、と笑った。

「この秋の大会から、やるよ」

強いな、と思った。スタンドで見た無表情の
甲斐は、もう甲子園のバッターボックスに立つ自分を見ていたのだ。
野球をしている甲斐を初めて見たのは、中学
3年の夏になる前だった。試合に誘われた私は、ひとりで電車に乗って球場まで出か掛けた。

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