彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~
第1章 友達でいたいのに
1対0で、甲斐のチームが無得点のまま、9回の裏がきた。ツーアウトで渡辺くんが一塁に出ていた。4番の甲斐が最後の打者になるかとだれもが思っていた。みんなが、あきらめかけていた。
私はあの甲斐の表情を忘れない。絶対に負けたくないという思いが、全身からにじみ出ていた。
そして、甲斐はホームランを打った。逆転の、一撃。
心が震えた。甲斐は自分の打ったボールが高く上がるのを見て、笑った。その笑顔を見て
私は、心が震えたのだ。
甲斐が持っている、自分に対する自信。
誰よりも、自分に厳しい努力を課してきた証。
努力していることを他人には見せない、したたかな姿。
それを目の当たりにして、私は甲斐から目が離れなかった。心が、甲斐しか見ていなかった。
「…甲斐と話してると、こんな私でも何かできそうな気がしてくる」
それは正直な気持ちだった。
「千咲は、将来何になりたいの?」
甲斐が錆びたブランコをこぐと、きいっと音をたてた。
「えっ…将来…?」
「うん」
考えたことない。小さい頃は看護師になりたかった。でも今は別になりたいわけじゃない。大学に行って、どこかに就職して…そんな
未来しか思い付かない。
「…わかんない。今、甲斐に言うの、恥ずかしいかも」
私も小さくブランコを揺らした。
きいっ、きいっ、と二人の鳴らす音が交互に
響いた。
「なんで?」
「未来なんて見てなかった。過去と今しか、考えてなかった」
「…そっか」
甲斐はもう一度、そっか、と言って足元に転がっていた石を放り投げた。
「千咲はいつも『今』に一生懸命なんだな」
「そんな…」
「そうなんだ、きっと」