彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~
第1章 友達でいたいのに
「ははっ、冗談。野瀬さん、何か飲む?」
甲斐はわざと『野瀬さん』と呼び、少しさみしそうに笑った、ように見えた。
待ってて、と言って甲斐は私の手を離した。
飲み物を買いに行って、戻ってきた甲斐は、
いつもの甲斐だった。それから最後のスターマインまで、一言も話さなかった。
すっかり暗くなった花火からの帰り道、置いたままの自転車をとりに、公園に向かって歩いていた。
「明日も練習だー。千咲は毎日何してんの?」
「店の手伝いだよ。バイトの子がひとり辞めちゃったから」
うちの家は、花屋をしている。両親が離婚して
お母さんが実家に戻って継いだ。その少し前に店を移転し、大きくしていた。だからお母さんが出戻って働き手が増え、助かったらしい。私は子どもの頃から花が大好きで、駅前に店を構えていた頃から手伝いをしていた。
「手伝いしてるんだ?えらいじゃん」
「花、好きだもん」
「千の花が咲くって書くもんな、千咲、って」
「そうだよ」
甲斐は自分の自転車に鍵を差し込んで、サドルにまたがった。
「おととしの花火のとき、」
「ん?」
私はかばんの中を、手探りで鍵を探した。なかなか見つからない。
「…誘おうとしたんだ。千咲を」
「あー…うん」
「けど、なんか誘えなかった」
冷たい感触がして、鍵を取り出した。
「おれ、ずっと千咲のこと」
「うん…」
無意識に、痛いくらい鍵をにぎりしめていた。
暗くて見えない。甲斐はいま、どんな顔して笑ってる?
その時、切れかけていた公園の街灯が、突然灯って甲斐の顔を照らした。
甲斐は…笑っていなかった。
こんな顔、初めて見た。
「友達でいたいと思ってるから」
友達…
「あの…っ、あのね、私は」
いま、言うべきではないんだ。
いや。ずっと。
私は、甲斐に本当の気持ちを言うべきでは
ない。
友達でいたい、と言われた以上、踏み込んではいけない。
「私も…ずっと甲斐と友達でいたい」
私たち二人は、誰かが間を通れるくらいの距離で照れ笑いしていた。そのくらいの距離がなければきっと、手を伸ばしていた。手を伸ばせば、もう離れられなくなって、きっと今よりも苦しんだかもしれない。
…好きになりすぎて、苦しんだかもしれない。