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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに

暑い夏が終わっても、いつまでも残暑が続いていた。でも、ふと空気が変わる瞬間がある。
ひんやりとした風を感じて、今日から11
月に入った。
衣替えの移行期間が終わり、教室中が冬服に
なった。

「野瀬っ」

嫌な予感がして振り返ると、渡辺くんがいた。
制服のシャツの上に紺のセーターを着ている。
市高の服装は割と自由でみんな、校則の中ですきな服を着ている。

「…はい、何でしょう」

不承不承、返事をすると渡辺くんは現国の教科書貸して、と言った。

「何で私よ」
「おまえの彼氏が、」

渡辺くんは、机に突っ伏して寝ている甲斐を
あごでしゃくって言った。だから、私ね。

「起こせばいーじゃん。それに彼氏じゃないし」
「広明、昨日寝てないんじゃね?」

渡辺くんはドアにもたれて、教室の後ろの窓際にいる甲斐を見ながら意味ありげに言った。

「え…何かあったの?」
「本人に聞けば」

じゃ、借りるわ、と教科書の背表紙で私の頭を小突き、渡辺くんは理数科棟に帰って行った。
野球部は昨日、秋期大会が終わった。3年生が抜けて、2年生が主力の新チームは決勝で負けた。甲斐はセンターの控えでベンチ入りした。ずっとやってきたキャッチャーではなかった。
夏休みに話してくれた。俊足を買われて外野手に転向を勧められた、と。
渡辺くんはピッチャーの、同じく控えだ。しかし控えと言っても、ダブルエースと呼ばれるくらい、戦力としては重要な位置にいる。
そういえば、今朝あいさつしても甲斐の反応が薄かった。最近はみんなで騒いでいることも少ない。夏休みの花火以来、メールして外で会うことはなくなっていた。
…だって、『友達』だから。恋人同士のようにいつも一緒には、いない。
本当はあの時、甲斐に好きだと告白されるのかも、と思った。それまでの言動が私に誤解させた。
でも、違った。甲斐が私を名前で呼んだ
り、夏休み中も会ったりしていたのは、ただ気の合う友達だったからなのだ。
野球のことや、友達のことをたくさん話してくれるけれど、それはみんな、友達同士の会話にすぎない。
楽しい話や当たり障りのない話は、自分からできるけれど、甲斐の『悩み』に踏み込める立場ではない。だって、ただの友達だから。
その時、甲斐が机から顔を上げた。まわりを見渡して私を見つけると、のろのろと歩いてきた。

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