テキストサイズ

彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに


簡素な作りのキッチンがついたダイニングに
一人掛けのソファを置いただけのリビング。
その奥にはシャワーしかないバスルームと、
そこから続く薄暗いベッドルーム。
海に面した窓を全開にして、塩分を含んだ風を
肺いっぱいに吸い込むと一気に空腹を覚えた。
いつもなら、バイクでマーケットに向かうか
マヤコの部屋を訪ねるが、今日はどちらも
行く気にはなれない。
ふと、ダイニングテーブルに置いたままの
封筒に目をやる。

…これの、せい。

未開封のそれを手に取り、差出人の名前を
見る。
昨日から何度も繰り返しているその動作を、
またする。
あの頃から、寸分違わぬその几帳面な文字が、
簡単に僕を過去に引き戻してしまう。
4年など、何の意味もなかった。実際僕はこの
4年間同じ仕事をし、ほぼ同じ物を食べ、
同じような服を着て生きていた。
ずっと、同じことを考えてきた。
モノクロの毎日の中で、考えるのはいつも
鮮やかに彩られた日々だった。それは僕が自ら
終わらせてしまった、 愛すべき日々だった。
大切な人がいた。
支えあった人がいた。
信じてくれた人がいた。
その誰もが、もう戻ることのできない、
鮮やかな世界にいる。
僕だけがその世界の外にいる。
手紙が入っているだろうその封筒を開ければ
この絶望に満ちた部屋にはあいつの言葉が
あふれだす。
いつも僕だけに届いたあいつの言葉が。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ