彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~
第2章 友達でいたかった
電車がスピードを落として、木造の駅舎が見えてきたとき、奈緒子からキスをした。初めてだった。
視界の端に、奈緒子のワンピースの柄が見えた。一緒にいたはずなのに、僕はその柄を初めて見た気がしていた。
素早く唇を重ねて離すと、新しい思い出、と奈緒子は言って、ひらいたドアから跳ねるようにして電車を降りた。
駅を出て、奈緒子の希望通り、僕らは何もない道を湖に添って歩き続けた。僕が子どもの頃、友達と笑い合って歩いた道を。
7年が経った今は過疎化が進み、子どもはどこにもいなかった。でも僕の記憶の中では、鮮やかな色合いのままだ。
帰りの電車を待つ間、僕は思わず奈緒子を抱きしめた。
気づいたのだ。
僕の頭に残る、楽しかった子どもの頃の記憶と、そこに並べて自分を刻もうとした奈緒子に。そうすることで、自分の存在を、僕の『忘れない場所』に置いた。
まるで、長く一緒にいるつもりはないかのような奈緒子の行動に、僕は思わずその存在をつなぎ止めようとした。抱きしめたからといって、ずっといられるわけではない。でも、それでも何かせずにはいられなかった。
くるくる回りながら上昇する、とんびの鳴き声だけが聞こえた。
腕のなかで、塔也はずるい、と奈緒子は言った。
うん、おれずるいんだ、と言い、その時少し抱きしめる力を強くしたことに、奈緒子は気づいただろうか。
僕はずるい。
初めて試合を見にきた千咲に再会した日、野球でも、友達でも埋まらなかった隙間を埋められるのは、千咲だと気づいた。でもそこには親友の存在があった。
ずるくてもいい。
奈緒子がその隙間を埋めてくれるなら、僕も同じ気持ちで奈緒子を思いたい。
…できることなら。
暗くなり始めた公園のベンチでそんなことを考えている自分が、気持ち悪、と思った。
公園のすぐそばを走る国道は、交通量が多く緊急車両のサイレンが絶えず聞こえる。夜中でもそんな音を聞くと、随分遠くまで来たんだなと思う。
あの街にはなかったものがたくさん、ここにはある。
帰ろう。家に。
いま、この街が僕の居場所なんだ。多分来年も再来年も、奈緒子がどこかに行ってしまっても、僕はここにいる。
ここで、目標がある。夢がある。
奈緒子がそのことに気づかせてくれた。