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彩夏 ~君がいたから、あの夏は輝いていた~

第1章 友達でいたいのに

甲斐が私を『千咲』と呼ぶからといって私を
特別視しているわけではない。
たぶん、甲斐は私の気持ちなんて知らない。
中学2年になった頃、両親が離婚した。
それまで名乗っていた名字から、今の『野瀬』
に変わった。でも親しい友達はみんな『千咲』
と呼んでいたから何も変わらなかった。
男子は新しい名字で呼んでくれた。
でも、甲斐だけは『千咲』と呼び始めた。

『だって、この先誰かと結婚しても、千咲って名前だけは変わらないんだろ』

と言って。
その時からかもしれない。
私は、甲斐の一挙手一投足を追いかけている
自分に気がついた。
中学2年の夏だった。
それから私は、授業中の甲斐を、廊下で友達と
話す甲斐を、自転車で帰っていく甲斐を
探しては、気持ちを傾けていった。
でも距離が縮まったわけではない。
ただ、何か用がある時にみんなは『野瀬さん』
と呼ぶかわりに、甲斐は『千咲』と呼ぶだけの
ことだった。
告白することはなかったし、友達の中の
ひとりから変わることもなかった。
好きなのはいつも、私のほうだった。
甲斐には、野球より好きな存在なんて
なかった。
いつも見ていた。だからいつしか甲斐の癖や
好みがわかるようになっていた。

緊張すると、手を首の後ろに持っていくこと。
学校ではコンバースのワンスターばかり履く
こと。
甘い飲み物が好きなこと。
Mr.Childrenの曲が好きなこと。

3年になって、修学旅行で同じ班になった。
行きの新幹線で、たくさん話した。
西北ボーイズという少年野球で小学2年から
野球をしていたこと。そのままシニアリーグに
進んだこと。
そこでバッテリーを組んでいる隣町の中学の子
とすごく気が合って、ふたりで市高を目指していること。
毎日ランニングを欠かさないこと。
この町の、老舗のケーキ屋さんの焼き菓子が大好きなこと。
お姉さんがいること。
彼女はいないけど、好きな女の子はいること。
でも誰かは聞けなかった。自分ではない誰かの
名前を聞くのがこわかった。
甲斐を見ていて知った情報も合わせると、私は
すっかり甲斐を知った気になっていた。甲斐に
一番近い女の子かもと、うぬぼれていた。
そして無理と言われた市高に合格し、甲斐と
また同じクラスになった。
ずっと友達でいたい。
そう思っていた。

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