
甘く、苦く
第74章 お山【miss your voice.】session 1
すごいと思った。
ノートを取りに帰ってきただけなのに。
「〜♪」
…これ、隣のクラスから…だよな?
音を立てないように
そろーっと近付けば、
男の人の後ろ姿が見えた。
夕陽のせいでうまく見えない。
雨のせいであたりが暗いから、
姿形がよくわからない。
…けど、
見えなくてもこの声に
俺は翻弄されている。
…もう少しだけ、
近付くことは可能だろうか…?
そう思ってもう一歩踏み出せば、
──────…カタ、
あ、やばい…。
そう思った頃には、
歌声は止まっていて。
「あ、え…う…えと、…ごめ…なさい…」
そろそろと教室に入って謝れば
「ふふっ」って、楽しそうな声がした。
「いーよ、謝んなくたって。
人に聴こえるようなとこで歌ってる
俺が悪いんだし。」
初めて聞いた彼の声は、
思っていたよりも低く、
優しい声音だった。
…やっぱり、この人だ───…
俺の探し求めていた人…
「あのっ、俺、…貴方の声に惚れて…
それで…今会えたことが光栄っていうか、
なんていうか…」
語彙力のなさMAXで
彼にこの想いを伝えようとした。
そしたら、
「ふふ、そうだったんだ。」
…わ、わらっ。
笑ってくれて…!?
俺に向かって、あの人が…
夢にまで見た彼に微笑みかけられて、
フリーズ状態になる。
「ぁ、あぅ…えっと…」
「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ。
同学年だし?」
それに、って色っぽい唇が
ゆっくり動く。
「俺も君のこと、
嫌いじゃないかも…。
なんか、気になるし?」
ぐっと距離を詰められて、
思わず息を呑む。
