
甘く、苦く
第74章 お山【miss your voice.】session 1
すうっと息を吸い込む音が響く。
そこだけ一瞬時が止まったような。
「…すげーや。」
ぽつり、と自分でも
聞こえないくらい小さな声を発した。
ブレスする度に聴こえる
空気の震える音。
動く形の良い唇。
彼の動きすべてに、
俺は魅了されていた。
「…ねぇ、」
「ん?」
帰り道、彼の隣で小さく呟けば
先を歩く背中がぴたっと止まる。
「名前、なんていうの?」
「あー…そういや教えてなかったね。」
うーん…って彼が唸ってから、
「今はまだ秘密。」と
艶やかな含み笑いを交えてそう言った。
「なんでー」
「なんでも。
とにかく、まだ秘密。」
またね、と彼は俺に向かって
手を振り……って。
あれ…?
さっきまでそこにいた彼が、
忽然と姿を消したのだ。
「…変なの。」
まぁいっか。
明日だって、その次だって、
放課後は彼に会えるんだから。
