
甘く、苦く
第74章 お山【miss your voice.】session 1
でも、ドキドキしてるのは
俺だけみたいで。
「…ごめん。もう帰るんだよね。
引き止めちゃったね…」
もう一度、ごめん。と謝ってから
俺のネクタイを引っ張る。
急なことだったから、
体が翔くん目掛けてぐらりと曲がる。
…あ、やばい。
と思った時には、
もう唇はくっついていた。
慌てて離せば、
少し悲しそうな顔した翔くんがいて。
「…いや?」
「や、違う違う。
翔くんに体当りして
怪我でもさせたらどうしよーって…」
「…ふふ、そんなこと?
大丈夫だよ全然。
…やっぱり大野は、優しいな…」
ぽそりと聞こえるか
聞こえないかくらいの声だった。
でも俺には、ハッキリ届いた。
「…そんなことないよ。翔くん。
俺、弱っちい人間だよ…?」
「…んーん。俺こそ、弱いよ。
大野が離れていくと思うと、
どうしても自分が止まれなくなる…」
イスの軋む音がして、
翔くんが俺の目の前に立つ。
「…なぁ、大野…
明日も、来てくれるよな…?」
「…へっ?あ、あぁ、うん、絶対だよ。」
「なら…いいんだ。」
ふわり、と優しく微笑みかけられ、
胸が高鳴った。
「ごめんっ、」
「おっそいよ。お前。」
「どこにしまって
あるかわかんなくて〜っ!」
必死にニノに弁解するけど、
機嫌を悪くしてしまったようで、
俺の話に聞く耳を持たない。
雅紀が一緒に帰ろう、と促すけれど、
ニノは不貞腐れてて。
「ごめんって、ニノ…。
ジュース奢るから〜!」
「やだっ」
「えぇ〜…」
「…ジュースより、
アイスが食べたい。」
「っ買う!買う買う!
だから一緒に帰ろ!」
「…ん。」
機嫌を取り戻したニノが
俺の隣に近寄る。
気分がいいのか、
雅紀の手を握っている。
…ふふ。
このふたり、ほんとにお似合いだな…
