
甘く、苦く
第74章 お山【miss your voice.】session 1
『しょ…ちゃ…』
今でも鮮明に蘇る。
病院のエタノールの匂い。
熱いぐらいの病室。
規則正しく聞こえる機械の音。
もうアイツの表情も朧気だ。
でもアイツは、最後の最後まで、
俺には笑顔だった。
もうすぐ死ぬから、
なら俺が最後に雅紀といたいから。
『ず、…と、すき…だから…』
力なく握られた手を
俺は強い力で握り返し、
ただただアイツの手を摩った。
「俺もだ、だから…行かないでくれ…」
頼むから。
俺を置いていかないでくれ。
あれだけ傷付けたのにも関わらず、
アイツがいなくなると
俺は本当に弱い人間になる。
『しょ、ちゃん、も…すき……?』
アイツのその言葉に、
思わず涙が溢れた。
「あぁ、好きだ。
ずっとずっと好きだ。
だからもう一回海に行こう。
ふたりで海に行きたいって
お前そう言ってたじゃないか。」
『うん…』
アイツは目を細めて笑い、
静かに息を引き取った。
…あぁ、死んだのだと。
理解なんてできなかった。
目の前で医者たちが
忙しなく動いているのを見て、
ただ、呆然としていた。
…だって。そんなの…
さっきまで生きていたのに、
こんなのっておかしいだろ。
意味、わかんねぇよ…。
原因は、出血多量。
もともと貧血気味だったため、
余計にひどかった。
真っ青な顔して、最後まで
俺に微笑みかけてくれたアイツ。
…もう、
思い出さないとそう決めていたのに。
大野が…
アイツと…雅紀と同じようなことを
言うから…
『翔ちゃんの歌声ほんと好き〜♪
歌声に惚れたって言っても
嘘じゃないかも〜笑』
……あぁ、もう。
どうしてこうも、
ふたりは似てるんだろうか…。
