
甘く、苦く
第89章 翔潤【純粋に】
「この案件は、二宮のものだ。
お前は足下の明るいうちに手を引け」
「え?」
「聞こえなかったのか。
もう一度言うぞ。
この案件は、二宮のものだ。
お前はもう終わりにしていい」
お昼休みが終わって、
課長に呼ばれたと思えば
「どうして…ですか…」
「わからないのか?
ほとんど二宮が添削をして、
二宮の文章そのものじゃないか。
お前は二宮の資料を見たことがあるか?」
「…ないです」
「見てみろ。
これで上に、松本が作りました、
なんて言っても、信じてもらえない」
「そんなの、あんまりですよ」
「いいから。今回は手を引くんだ」
こんな理不尽なこと、
すぐに了解できるわけないじゃないか。
ぐっと下唇を噛んで、
何も言えずに俯いていると、
「それはちょっと、
酷すぎやしませんかね。課長」
俺のすぐ後ろで、
聞き覚えのある声が聞こえた。
「なんだ話を聞いていたのか。二宮」
「ええ。最初から今まで、ずっと」
「なら話が早い。
今週末の会議はお前に―――」
「任せる、とおっしゃるんですか?
すみません。それはできません」
「えっ、ちょ、せんぱ…」
「いいから、お前は戻ってろ」
ポン、と肩に手を置かれ、
ぐいっと押された。
その反動でよろけてしまった。
…ああ…初めてだ。
翔さん以外に、
カッコいいと思ったのは、
二宮先輩が初めてだ。
「松本くんが初めて作った会議資料です。
それを僕が説明しろと?
僕にはそんなことできません。
僕はただ、
添削をしてアドバイスをしただけです」
二宮先輩の通る声が自分の席まで
聞こえてきて、ハッとした。
そうだ。
あれは、俺が初めて作った会議資料なんだ。
