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甘く、苦く

第90章 磁石【色彩】


でも。

今、してしまうことによって、
翔さんがいなくなった日々を
送りながら過ごすのは嫌だ。

さすが来るものがある。

…だって翔さんがいなくなってから、
もしそういう気分になっちゃったら
どうすればいいかわからない。


「ぁ、ん、」


でも。

そんな迷いがあっても、
翔さんを身を任せてしまっていた。


「声、我慢しなくていいよ」


鳥肌が立つくらい、
低くて、甘い、掠れた声。

…俺だけ。

俺だけの、もの。

この言葉も、この声も、翔さんも。

俺だけのもの。


「ぁ、ちょっ…はや、」

「大丈夫だよ」


そんな保証はどこにもないくせに。

翔さんがいなくなった日々を
過ごして寂しい思いをするのは、
きっと俺の方なのに。


「…だいじょぶ、じゃないよ…」


思わず、口にしていた。

目の前の翔さんがぼやけて見えた。

景色が滲んでは溶けて、
頬に涙が伝わるのがわかる。


「…ニノ?」

「やだ、やっぱりやりたくない」

「ニノっ!」


がっちりと肩を掴まれて、
びっくりして顔を上げた。

ポロポロと溢れる涙を、
翔さんは綺麗な長い指で掬ってくれた。


「ごめんな…」


そんな顔、しないで。

でも、
そんな顔でさえも愛おしいと
思ってしまう俺は、末期だろうか。

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