甘く、苦く
第46章 磁石【move on now】session1
「ねぇ?おにーさん」
『おにーさん』と甘ったるい声で
耳元で囁かれた。
…コイツ、マジでなんなんだよ…。
迷惑なんだけど。
「ガキはもう寝ろ。
てか、フラれてねぇし」
「へ~?」
…うざ
俺をからかっているのか、
周りをうろちよろする。
「ね~?
一回さ、俺と寝てみない?」
…だから、コイツ、なんなんだよ。
俺の邪魔ばっかりしてくる。
「寝るって…一人で寝るの怖いのかよ」
「んな訳ないでしょ~?
もー、おにーさん、知識無さすぎ」
呆れたように、ふっと
息を吐くコイツ。
この顔、何処かで見た気が…
…コイツ、確か…
「なぁ、お前、二宮和也だろ?」
「あったりー♪
おにーさん、よく分かったねぇ」
ふふって手を口に当てて笑う二宮。
…コイツ、苦手だ。
コイツは二宮和也。
高校入試、トップだったやつ。
コイツが、なんで…
「高校の課題、いいのか?」
「…高校は行ってないよ。
あんなところにいたって暇なだけ。
時間の無駄だよ。それより、面白いことはいくらでもある。」
二宮の顔は笑っていた。
けど、瞳は寂しげに揺れていた。
「親は?」
「死んだよ」
「兄弟は?」
「いない…」
「…親戚は?」
「いないってば!
もう、その話はやめて…」
二宮はその場に蹲ってしまった。
なんだか放っておけなくて、
二宮の家まで運んだ。
二宮の家は、殺風景で。
あるのは、卓上カレンダーと
家族写真…みたいなやつ。
優しそうな母親とふわふわしてそうな父親。
その間で柔らかく笑う二宮と思われる少年。
ふと、視界に入ったものが
気になった。
膨らんでいる紙袋。
見ちゃ悪い、と思ったが、
見てしまった。
紙袋の中には、一万円札の束。