甘く、苦く
第53章 磁石【move on now】session 3
「ごめん、なさい…」
「謝ることないよ。
ほら、帰りな?
櫻井さん待ってるよ?」
「…はい。」
またねって手を振って、
俺を見送る大野さん。
俺も大野さんに手を振った。
「…あ、」
やっぱり、翔さんいない。
マンションの扉を開けても、
靴はない。
靴箱にもない。
…翔さんも
出てっちゃったのかなぁ。
そう考えたら、
なんだか寂しくて。
俺のやったことに
やっと重大さを感じた。
俺がイラついて捨てた
風俗の割引券。
…こんなの、今は
どうってことないのに。
でも、あのときは。
お前だけだよって
言ってくれたのが
すっごい嬉しかったから。
なんで俺だけって言ったのに、
こんなの持ってるの?
って、
とにかく問い詰めて。
怒らせちゃって、
泣かせちゃったかもしれない。
あーあ…。
俺ってやつは、ほんっとに、
バカなんだなぁ…。
心なんて広くないから、
翔さんみたいに誰にでも
笑顔なんか向けられない。
翔さんが仕事で
人に笑顔を向けてると思うと、
なんかモヤモヤして嫌だ。
俺だけの翔さんでいて欲しいから、
離したくない。
だけど、俺がそんな風に
束縛してるから、
翔さんは…離れたのかも。
ごめんなさい。
俺が我儘だから、
翔さんを困らせた。
俺のせいなのに。
翔さんを一方的に
責めちゃった。
…ごめんなさい。
「うおっ!」
「…っ、翔さぁん…」
涙でぐちゃぐちゃの顔を
帰って来た翔さんに向けた。
そしたら、すぐに微笑んで
俺の頭を撫でる。
それがなんか嬉しくて、
きゅんってした。
「もー…。
二宮はほんっとに寂しがり屋だな。」
「うぅー……。
翔さぁぁん…。
ごめんなさい。俺ぇ…っ」
「はいはい…。」
よしよしって俺の頭を撫でて、
優しくって、
とびきり甘いキスをくれた。
そしたらまた嬉しくて、
泣いちゃって。
「あーあー。もう。
泣き虫だなぁ。
俺、怒ってないよ。
ごめんね?
さっさと捨てればよかったね。」
「んーんっ、俺がいけない…。」
ぎゅうううっと抱きついて、
翔さんの匂いを嗅いだ。
そしたら、安心して涙は止まった。