甘く、苦く
第57章 お山【大切な君へ】
ちょっと静かになった教室内。
カツカツと黒板にチョークが
ぶつかる音と、
ノートを走るペンの音。
…たまに、クスクスという笑い声。
「なぁに笑ってんだ、相葉。
お前、夏休み終わっても
部活行かせねえでお前だけ
追加授業だかんな。」
「うぇえ!?やだよぉぉ!」
「だったら真面目にやれいっ」
あぁ、ほんっとに可愛いなぁ。
そうやって無邪気に笑って
自然体な大野先生が
俺は大好きなんだ。
憧れでも、ある。
「大野先生、それは勘弁してあげてよ。
三年にとって最後の大会が
雅紀にはあるんだからさ?」
「しょ…さっ櫻井がいうなら…
勘弁してやる…」
「えーっ!なんで櫻井くんがいうと
勘弁するんですかぁー
雅紀なんて補習させときゃ
いいのにー。」
「ちょっ、和!黙ってよ!」
俺の横の和也がピースサインを
大野先生に向ける。
「…いや、でも……。
生徒会長の櫻井がいってるから。
それは……決定事項だ。」
「えー、せんせー珍しく
優しーっ!!」
「一言余計だ、二宮。」
「ふへへ、すんませんっしたぁー」
和也も、雅紀に
連れ出されたんだろう。
……こいつだって、
副会長なんだから。
学年で俺と和也は
一位二位を争う仲。
俺と違って、
和也は生まれつきの天才で。
……俺は、偽りの天才だ。
「うぉー、終わったぁ。
翔ちゃん翔ちゃんっ
アイス食いに行こっ」
「おう。」
筆記用具を片付けて、
席を立った。
……ふと、視線を感じた。
扉の前で振り返ると、
恐ろしいほど笑顔の大野先生と
目が合ってしまった。
そしてゆっくりと、
口が動いた。
『あ と で 俺 ん 家 来 て ね 。』