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Decalogue

第5章 贖えない因果の連鎖

突然の着信に僕の体が反応して、携帯のディスプレイを確認した。
携帯をポケットに突っ込んで大きな封筒を手に慌てて家の外に出ると下には黒塗りの高級車が停まっていて、運転席に会釈をして助手席に乗り込んだ。
「お待たせしてすいません。これが今月の報告書です」
中年の男は中身を確認した。
僕が撮った彼女と男の情事の写真と、彼女と男の日常を綴ったルーズリーフ。
「すまないね、君に探偵のような真似事をさせてしまって。まさか優花のクラスメイトの君がわたしに直接連絡を寄こすなんて、最初は質の悪い悪戯だと思ったよ。でも、君には感謝しているんだよ」
「…はい」
「身内の事だから公にするわけにもいかなくてね。血が繋がってないとはいえ優花と真聖の父親なのに不甲斐ない…」
「僕なんかでお役にたてたなら良かったです。優花さんはこれからどうなるんですか?」
「君が心配するような事は何もないよ。優花はわたしが引き取って躾直すだけだから…」
「…えっ?」
男は言葉を重ねて
「でも、優花にはまた可哀相な事をしてしまったよ。真聖とは絶縁して優花から引きはがしたつもりだったが、また昔のように戻ったかと思うと腹立たしいよ。優花はわたしのものになるはずだったのに…」
「それって…」
僕の声を遮り
「まあ、君には関係ない話だったね」
「いえ…」
「また真聖が優花を壊しているなんて…」
男は遠い目をして呟くように言った。
僕は反論出来ずに俯くと
「お礼と言っては何だけれども、受け取って貰えないかな?」
男は分厚い茶封筒をバッグから取り出すと僕の膝に置いた。
「僕はそんなつもりは…」
返そうとすると男に押し返されて、封筒ごと僕の手を強く握ると
「君の事を信用していないわけではないんだが…言わんとしている事はわかっているよね?これはわたしの気持ちだから素直に受け取ってくれないかな?」
迷いながら受け取ると、男の手が離れて
「君が物分りがよくて助かったよ。もう二度と会うことはないだろうけれど」
「…僕はここで」
「ああ、ご苦労さま」
あの男に似た優しい目で僕に微笑んだ。
分厚い茶封筒を握り締めて、助手席から降りてドアを閉めると男に会釈した。
ボディに映る僕の存在を消すように夕暮れを背負い、車は走り出した。
後ろめたいことなんて何もない。
彼女が悪いんだ。
あの日、僕の気持ちを裏切らなければ…

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