(仮)執事物語
第10章 VACANCE DE L'AMOUR〔葛城〕
葛城の心の中には、葵を周りの男達に自慢したい気持ちがある。しかし、大切な女性の肌を他の男に見られるのは、面白い事ではない。
「それは考えておりませんでした。そうですね。他の男に葵お嬢様の肌を見せるなど、もっての外です。選び直して参ります」
そう言うと葛城は踵を返し、再びウォークイン・クローゼットの中へと消えて行く。その後姿を目で追いながら、葵は小さく溜息を吐くとカウチに座り直し、再び資料に目を落とした。
父親が経営するリゾート施設の一つを若いながらも任される事になった葵。その施設の状況を一般客を装い視察するつもりなのである。
訪れる前になるべく多くの情報を頭に叩きこもうと、彼女は資料と格闘していた。
いずれは全てを受け継ぐ事になるであろうが、まずはここで成功を収め、自分が「お飾り」の経営者でない事を示したい。そう思っての事だった。同行者は葛城一人。今回の視察は、彼とのバカンスも兼ねている。
程なくして葛城が戻って来ると、彼は彼女の希望に沿うデザインの水着を持って来た。葵は「初めからそうしてよね」等とぶつくさ言いながら、旅行鞄に水着を詰め込む葛城を横目で見る。
漆黒の髪を後ろに撫でつけ、執事服を身に付けた彼は楽しそうに荷造りをしている。それを見ていると葵も心なしか今回の「視察」と言う名のバカンスが楽しみになって来たのだった。