(仮)執事物語
第10章 VACANCE DE L'AMOUR〔葛城〕
「賑わっているわね」
強い日差しを遮る、鍔の広いストローハットを手で抑えながら、目的地に降り立った葵はそう言って辺りを見回した。
赤道付近の小さな島を買い上げて拓いたリゾート・アイランドの港には、彼女達と共に多くの観光客が降り立った。様々な国から訪れているのだろう。肌の色が違う人々でごった返している。
きっと彼等の心の中は、これからこの島で過ごす時間に、期待を膨らませている事だろう。一様に笑顔で楽しそうだ。それを見て、葵も自然と笑顔になる。
「ここは新婚旅行で訪れる方が多いですからね。カップルばかりです」
葛城にそう言われて見てみれば、確かに周りは男女の組み合わせが多い。仲が良さそうに腕を組んだり、互いの腰に手を回したりして寄り添っていた。
「さあ、葵様。私達もここからは、この地を訪れた、ただのカップルですよ?」
そう言うと葛城は、葵の腕を引き抱き寄せる。葵が彼の腕の中から見上げると、葛城はにこりと笑って彼女の額に口付けを落とした。
葛城の顔は、既に執事としてではなく恋人としてのそれに変わっていた。自然に下ろした黒髪が、海からの風になびき揺れているのを視界の隅に捉えながら、額から降りてくる葛城の唇を葵は受け止める。
葵はこれから始まる甘いひと時を予感しながら、目を閉じた。