(仮)執事物語
第3章 極光の下で〔杜若〕
「そろそろ出よう」
莉玖にそう言われて、もう少し遊んでいたい私は渋る。しかし、海水を温めている為、塩度が高く、あまり長く浸かっているのも、肌の弱い人にとっては良くないと言う。
「我侭言わない。りるは肌があまり強くないんだから……」
そう言って心配そうな顔をする莉玖。その瞳にキュンと胸が甘く疼いた。
好きな人に心配を掛けちゃだめだよね。
「ごめんなさい。分かった。それじゃあ、出るわ」
「ん……」
私が出る意思を示すと、莉玖は頷き、手を差し出した。私はその手を取り、温泉から上がると、手を繋いだままロッカールームまで歩く。
日本に居る時は、恥ずかしがってあまり手を繋いでくれない莉玖だけれど、旅行先だからなのかな。
「逸れたら困るから」
ぶっきらぼうにそう言いながら、頬を染めている莉玖。そんな彼に再び胸がキュンとした。
不器用だけれど、私をとても大事に思ってくれている莉玖。繋いだ手の温かさから、彼の優しさが伝わって来て嬉しい。
私達は着替えの為にロッカールームの前で分かれる。世界中の至る所から観光客が訪れる為か、日本語の注意書きまであった。
私は軽くシャワーを浴びて着替え、ロッカールームを出ると、既に莉玖が壁に凭れて待っていてくれた。
唯、そこに立っているだけなのに、彼の佇まいに思わず見惚れてしまう。私ってどれだけ莉玖の事が好きなんだろう。
「りる?」
私が莉玖に見惚れていると、私に気付いた彼が歩み寄って来た。
「ごめんね? 待たせちゃって……」
私がそう言って謝ると、微笑ながら『大丈夫』と言って、頭をスッと撫でてくれる。
その笑顔に、今日だけで、何度目かの甘い胸の疼きを感じていた。