(仮)執事物語
第3章 極光の下で〔杜若〕
「部屋じゃ駄目か?」
展望室へ向かう廊下を歩きながら、ふと足を止めた莉玖が尋ねて来る。
「どうして?」
「二人きりがいい。展望室だと……他に人が居る」
「でも、お部屋の窓は展望室より小さいよ?」
「ん……いい。駄目?」
「もう……。仕方が無いなぁ……」
私はそうは言いながらも、莉玖と二人きりでオーロラを眺められるのは、嬉しいと感じていたし、それを彼が求めてくれたのも嬉しかった。
「じゃあ、部屋に戻ろう」
そう言って莉玖が私の手を取り、部屋へと歩き始めたので、私はそれに従う。
部屋の灯りは点けずに、私が窓辺に立つと、莉玖が後ろから私を抱き締めて、頭に顎を載せて来た。
そんな態勢で、窓の外に目をやると空には緑色の光の帯が揺らめいていた。
「うわぁ……!綺麗……」
闇に浮かぶ光のカーテンに、私は思わず感嘆の声を漏らす。莉玖も私の頭の上で息を呑んでいた。
私達は暫くは、身動ぎもせずに目の前で繰り広げられる自然のショウに魅入った。
一生に一度は見る価値がある。そう思わせる光景。それを好きな人と見る事が出来た私は、何て幸せなんだろうと心から思う。
オーロラは天候に寄って見えない事の方が多い。長期滞在者であれば、見る機会は多いだろうが、短期滞在の旅行者で、見る事の出来た人は神に祝福されていると感じるのではないだろうか。
そう思える程に神秘的だ。
「りる……? どうした?」
そう言って莉玖が突然顔を覗き込む。
「え?」
「泣いてる……」
彼は指先で私の頬をなぞりながら、そう言った。どうやら私は感動して、いつの間にか涙を零していたらしかった。