(仮)執事物語
第5章 Frost Flower〔葛城〕
翌朝──。
ギリギリではなく、余裕をもってお嬢様をお起こしすると、私達は阿寒湖へと向かいました。
キンと冷えた真冬の新鮮な朝の空気。風は吹いておらず、これなら花が咲いているだろうと、期待に胸が膨らみます。
フロスト・フラワーはとても儚く、人が近付いて息を吹きかけるだけでも、瞬時に溶けていく。風邪が吹けば、一瞬で崩れ、散っていく……。
だからこそ、きちんと咲いた花は美しいのかも知れません。
日の出前と言う事もあり、人影もなく、しんと静まり返っている湖。
空が赤く染まり始めると、少しずつ太陽が顔を出し始めます。
朝日に照らされ、湖面に咲く花が淡く色付き姿を現すと、紫苑お嬢様は私の手をギュッと握り締めました。
「うわぁ……」
赤く色付く太陽の光を浴びて、フロスト・フラワーは、まるで桜の様に淡いピンクに染まっています。
その光景を見て、紫苑お嬢様が感嘆の声を上げられました。朝の光を浴びて湖上一面に咲き乱れる氷の結晶、フロスト・フラワー。
冷たい氷の花の筈なのに、それはどこか温かみを感じます。
私達は暫く、その光景に見惚れておりました。
周りの樹氷達も姿を現し、赤く照らされると、そこにはまるで桜が咲いているようです。
紫苑お嬢様はポケットからスマートフォンを取り出すと、カメラモードにし、シャッターをお切りになりました。
私もスマートフォンを取り出し、お嬢様と周りの景色を収めました。今回の旅行の思い出です。
太陽が完全に上ると、桜色に染まっていた氷の花々達も、元の白い姿に戻りました。それはそれで、とても美しい光景です。