あなたの色に染められて
第20章 点と線
俺の記憶の中ではここ一年来ていない店。
ドアを開ける手に変な力がはいる。
『…こんばんは』
閉店間際の店に客は奥のテーブルにカップルが一組。
夏樹さんはカウンターでいつものようにワインを飲んでいた
『ご無沙汰してます。』
頭を下げると 優しく笑い 隣の席に目配せした。
席に着き カウンターの上で手を組む
『体…どう?』
『…どうって…』
あの後 話を聞きたくて 自然と足を向けた夏樹さんの店。
たぶん 夏樹さんは知ってる。
俺が記憶を失くしてること。
夏樹さんはワイングラスを俺の前に置いて ワインを注ぎながら
『待ってたんだよ 京介のこと。』
ほらな。
『璃子ちゃんから全部聞いたよ。』
夏樹さんはワインを一口飲んで 照明に翳すと 俺の顔を見てフッと笑い
『お前が記憶を失くしてから 2回 一人で来たよ。』
『一人で?』
夏樹さんは頷いて 俺のワイングラスに自分のグラスを当てて
チン
『乾杯。』
『……。』
店内に流れるピアノの音色が今日はやたらに耳につく。
『一回目は 京介が記憶を失くしてすぐだと思う』
『…すぐ?』
『そう。もし 京介さんがこのお店に来ても 私のことには触れないでくださいって』
『そう。』
『無理に思い出しちゃダメだからって。まぁ お前来なかったけどな。』
幸乃さんが言ってたことと一緒だった。俺の心配ばっかりしてくれてたんだな。
『今日 この店で撮った写真を見つけて 居ても立ってもいられなくて… 夏樹さんに話聞きたくて…』
優しく微笑んで 俺の肩に手を置いて
『もういいかな …喋っても。璃子ちゃんのためならなんでも話すよ』
俺の惚れた女は何処に行っても可愛がられてたんだな。
『お前が俺にはじめて紹介した女の子だからな。』
***
『連れてきてくれたあの日のことはよく覚えてるよ。』
『女なんか紹介したことないですもんね。』
そう。ここは俺が俺でいられる大切な場所…遥香だって連れてきたことはないんだ。
そんな大切な場所に連れてきたぐらい 惚れた女ってこと…
そんなにいい女のことなら思い出したいに決まってんじゃん。
『たしか去年の今ごろかな。』
…一年前か
夏樹さんはクスッと笑ってゆっくりと言葉を紡いだ。