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あなたの色に染められて

第31章 分岐点


『なに探してんの?』

『あっ。ちょうどよかった。』

キッチンに入るとそこらじゅうの戸棚を開けて物色しているたっちゃん。

『コーヒーの粉が…どこにしまってあるっけ?』

『もう…この間も教えたでしょ。』

『あぁ そこ?…悪い悪い。』

『はい フィルターも。』

『さすが璃子。』

『ほらぁ。それじゃあ粉多すぎだってば …』

『あぁもうムリ!璃子よろしく。』

片手をヒラヒラ振りながらリビングに戻っていくたっちゃん。

医者としては完璧なんだけど 家事は本当にダメな人。

毎日のように大きなオペが入っていて 何人もの患者さんの主治医だからお休みなんてほとんどない。

今日だって久しぶりの休日だったのに患者さんの容態が急変したとかで 朝早くから呼び出しがかかり帰ってきたのはちょっと前。

だから 尚更メイドさんと私頼みな状況。

…はぁ…

数滴づつドリップされるコーヒーを眺めながらどうやって切り出そうか一人作戦を練る私。

『やっぱりストレートに聞くしかないかなぁ。』

最後の一滴が落ちたときに何となく心を決めカップにコーヒーを注いだ。


***


『はいお待ちどうさま。』

『おぉサンキュ。』

やっばり璃子のコーヒーは俺好み。同じ豆でも淹れ方一つでこんなにも香りが違うもんなのかって。

『少しお砂糖入れたカフェオレにしといたよ。さっき帰ってきたんでしょ。お疲れさまでした。』

璃子のこういう気遣いが俺には心地よかった。

『また ベランダにいたのか?』

『…うん…あそこから見える空は格別だから。』

ベランダで過ごす回数が増えると それは日本が恋しくなっているサイン。

星空を見上げては家族を想い 夕焼けに溶け込めば酒蔵の御曹司を想いを寄せる…

この2年間 璃子はあの場所で寂しさを紛らわせ自分に向き合っていたんだと思う。

璃子の笑顔を取り戻したくて連れてきたこの地。でも 俺には役不足だった。

俺の隣に座りカップを両手で抱えながら さっきから小さく深呼吸を繰り返す璃子。

ニューヨークのこと。切り出される前に俺から話すべきだった。

『…ねぇ。たっちゃん。』

呼ばれた瞬間にわかってしまうほど俺たちは近くに居すぎたのかもしれない。

『…そろそろ卒業しようかな。』

璃子はポツリと呟いて カップをギュッと握り 遠慮がちに俺に微笑んだ。

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