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あなたの色に染められて

第34章 キミを想う


あの日から事務所のドアを開く前に深呼吸する癖がついた。

…よし。

彼女の席はドアを開けて一番手前のこの病院の花形である循環器・心臓外科担当の席で。

『こんにちわ~。◯◯信金です。』

いつものように挨拶をしながら彼女の横を通ると優しい甘い香りがフワリと鼻を擽り その度に俺の胸の奥をギュッと掴まれた。

…ヤバイ…

俺の心のなかにもこんな青い感情があったなんて

…彼女は何者なんだって…

可笑しかった。

***

彼女の可愛い声を聞いたのは入職してから1週間近くあとのことだった。

「高円寺さ~ん。悪いんだけどこのオペ記録4階に持っててくれる?」

「はい。4階ですね。」

少し高い声だけどハキハキと答えるその声色はいい意味で俺を裏切った。

風貌からするともっと甘いナヨナヨした感じの声だと思ってたから。

書類を受け取ると胸に抱いて扉を出る。たったそれだけのことなのにその柔らかな立ち振舞いにまたドキッとしたりして。

もう 完璧にハマっていた。

今まで一度も抱いたことのないこの感情を毎日積み重ね

『京介さん。さっきから何ニヤニヤしてんすか。気持ち悪いっすよ。』

『う…うるせぇ…バーカ…。』

なんて 直也からは指摘されてしまうほど浮かれたこの気持ちは表面に溢れてきて

週が明ければ 病院であの笑顔に逢えるし 運が良ければあの可愛い声も聞ける。

…ただそれだけでよかったのに…

悲しいかな…。人間は欲深いもので…見てるだけ 聞いてるだけじゃ物足りなくなるもので。

健全な男子の俺は 話してみたくもなるし 触れてもみたくなる。

そんな日々を送り始めた5月のGW明け。俺はさらに彼女への想いを募らせたことに気づいた。

それは…“嫉妬”…そう俺には無縁だと思ってた…“ヤキモチ”…。

彼女の席の回りの男性職員がやたらにチョッカイを出してることに気づいたんだ。

彼女は戸惑いながらに返事をしてるっていうのに回りの男連中は呑みに行こうだ ドライブに行こうだの仕事中で席を立てない彼女を困らせてばかり

…胸くそが悪い…

強引にでもその場から助け出してやりたいけど

俺はただの信用金庫の営業マン。通称“信金さん”なわけで…。


やっぱりアイツに頭を下げるしかないのか…。

俺の脳裏に直也のニヤケた顔が浮かんだ。

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