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あなたの色に染められて

第36章 mistake

『…おじゃまします。』

合鍵を使ってこの部屋に一人で入るのは初めてだった。

『もう ちゃんと揃えてよ…。』

相変わらずあっちこっちに向いている靴を整えて

『よいしょ。』

キッチンの作業台に買い物してきた袋をドサッと置いて

『えっと…。』

夕食に使うものと明日の朝食の分を手際よく冷蔵庫に入れて

『あっ。ビールがないから京介さんにLINEしなきゃ。』

毎日 遅くまで残業している京介さんに「先に行ってて」とLINEが入ったのは17時を少し過ぎたころ。

酒蔵から程近い京介さんのマンションまで小雨が降るな中 途中にあるスーパーに寄ってやって来た。

『Yシャツぐらいなら部屋干しでいけるかな。』

相変わらずの洗濯物の山に手をつけて

『お風呂を洗って…お部屋の掃除をして…。早く帰ってこないかなぁ。』

シンクに溜まった食器たちを洗いながら京介さんが帰ってくるまでの段取りを考えて。

京介さんのためだけに時間を使える週末。

『さてと…下ごしらえだけでも…。』

炊飯器のスイッチを入れて…。野菜不足の京介さんのために野菜たっぷり餃子と肉じゃがと小松菜の和え物。そして今砂抜きしてるアサリを使ったお味噌汁。

早くても21時ごろだとLINEに書いてあった。いつもなら寂しいけど今日はゆっくりその時間を使って用意ができる。

戻ってきて1ヶ月。私は幸せな日々を送っていた。

毎朝 ママ特製の朝食をお腹いっぱい食べて パパと駅まで歩いて 都会に行くのと反対方向の空いてる電車に揺られ

駅に着けば京介さんが車でお迎えに来てくれていて いつも必ず赤信号で停まってしまう交差点でおはようのキスをして。

『先にお風呂入っちゃおうかなぁ。…でもパジャマでお迎えはダメだよねぇ。』

この部屋の中に私の物が少しずつ増えてることとか

『あっ。クリーニング頼まれてたんだ。』

たったそれだけが何よりも幸せだったのに

『…え…。なにこれ…。』

それ以上望んでなかったのに

大切なものが入っていないかと手を入れたスーツの内ポケット。

携帯の番号入りのピンク色の名刺が3枚。

“大好き” “愛してる” “またプライベートでも”

それぞれの名刺の裏にはご丁寧に手書きのメッセージが付いていて

…これって 浮気…?

夜のお店のルールなんて私は知らなかった。

…知りたくもなかった。

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