あなたの色に染められて
第1章 出逢い
『俺のこと…わかる?』
何処かで会ったことのあるこの人は優しく微笑みながら私の顔を覗き込んだ。
…やっぱりこの人も私のことを知ってるんだ。
…誰だっけ?
…知ってるの…知ってるはずなの…
なかなか答えられない私に少し寂しそうな顔をするこの人は
『わかんねぇかぁ。俺は璃子ちゃんのこと知ってるのに。』
『…えっ!?』
どうやら私の名前を知ってるらしい。
誰?…地元の子?…大学の先輩にこんな格好いい人いなかったし。
頭の中の引き出しをフル回転して開けて探してみる。
『昨日も会ったでしょ?』
『昨日も…?』
見たことある人は大きな溜め息を吐くと頭を抱えて
『マジかぁ…へこむなぁ。扉の前に座る循環器外科担当の高円寺璃子ちゃん?』
『あっ!信金さんだ!そう信金さん信金さん!』
一瞬で頭のパズルがハマった。
『良かった。いつもお世話になってます。○○信用金庫の森田京介です。』
そう言って いつも事務のお姉さま方をメロメロにしている笑顔でペコリと頭を下げた。
『ど…ども…』
彼はうちの病院に毎日 集金に来ている 通称“信金さん”。
事務所のお姉さま達のアイドルで私の席から遠く離れた経理に毎日顔を出す。
お昼休みにお姉さま方がイケメンの“信金さん”の話をしている。
『あのぉ。どうして私の名前を…』
『ん?』
信金さんだからって私の名前をフルネームで知ってるのには驚いた。
もしかしてこんなところで営業?
『あの…私もう そちらの支店の通帳持ってます。お給料の振り込みだってその通帳でして…。』
私は必死に断ろうとすると信金さんはクスリと笑って
『春に入職した高円寺璃子ちゃんだよね。やっぱり面白い子だね。』
『は…?』
『…可愛い。』
『…はぃ?』
信金さんはお姉さま方を骨抜きにしてしまうあの微笑みで
『美紀ちゃんの友達なんでしょ?』
私はコクりと頷くと
『俺は信金さんじゃなくて…京介。』
『…京介…さん?』
『そう。森田京介。仲良くして下さい。』
私の頭にポンと手を置くと グローブを手に取り京介さんはグラウンドに走っていった。
なんだろう。あの優しい瞳と大きな手。
まるで大きな何かに包まれたような安心感。
…私…男の人と喋っちゃった。それも普通に…
私は高鳴る鼓動を抑えようと大きく息をした。