
あなたの色に染められて
第39章 ハナミズキ
一瞬の静寂のあと京介さんは小さく深呼吸してグッと姿勢を正すと
『今日はお願いがありましてお伺いさせていただきました。』
胡座をかいて目を瞑っているパパに京介さんは視線を送った。
『記憶喪失とはいえ 璃子さんには辛く悲しい思いをさせてしまいました私ですが どんなことがあっても璃子さんの笑顔を一生賭けて守ります。どうか結婚させてください。』
畳に額が付くほど頭を下げて思いを伝えてくれた京介さんの横で私も自然と頭を下げた。
『京介くん 頭を上げてくださいな。』
ママは優しく微笑みながら私たちにそう言うと パパの膝に手を添えた。
パパは目を開けると庭に目をやりながらゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
『京介くん 庭のあのハナミズキは璃子が生まれたときに植えたものなんだ。』
そうだったよね。だから私のお誕生日のたびにこのハナミズキの横で家族3人で写真を撮ったっけ。
『今でも覚えてるんだ 産まれた日 紅葉のような小さな手に恐る恐る触れたら私の指をギュッと握ってな。さっきまで泣いてたのにニコッと笑ってくれたんだよ。』
ハナミズキに視線を送ったままのパパはフッと俯いて寂しそうに微笑むと
『いつかこんな日が来るのはわかってはいたんだけどね。親なんて寂しいもんだな。』
五月晴れの空にひばりが高らかに囀ずるとパパは京介さんの方を向いて
『璃子が笑顔を絶やすことなく幸せに歩んでいけるなら…京介くん。私たちの代わりに璃子の幸せにしてやってください。よろしくお願いします。』
『ありがとうございます。』
『パパ…ありがとう。』
顔をあげるとパパはやっと笑ってくれた。それは幼い頃から私に向けてくれる優しい微笑みで
『璃子 京介くんに幸せにしてもらうんだぞ。』
『…はぃ…。』
『やぁねぇ…璃子はすぐに泣くんだから。』
そう言うママの目にも涙は溢れていて
京介さんのもとへ嫁げる喜びと パパとママから旅立つ寂しさが心の中で入り交じって泣きながら微笑む私は心の底から幸せを感じていた。
『よし!お祝いに 久しぶりにハナミズキの下で写真でも撮るか!?』
私の成長をずっと見守っていてくれたこのハナミズキの下
『撮るぞー!』
セルフタイマーの音を聞きながら
『幸せになろうな。』
『…はい。』
そっと絡めた指先には 永遠の愛を意味するリングが輝いていた。
