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煩悩ラプソディ

第24章 半径3mの幸福論/SA






「じゃ、いってきます!翔ちゃんも気をつけて!」


ママチャリの前後に潤とかずを乗せた雅紀が、振り返りながら手を振る。


「パパー、いってらっしゃーい!」

「パパー、ばいばーい!」


ランドセルを背負ったまま振り返り手を振る二人に、俺もぶんぶんと手を振って応える。


「おー、気をつけてなー!」


ふらふらしたママチャリが次第に小さくなっていくのを見届けて、踵を返して駅へと向かった。



潤とかずの学校へは、毎朝雅紀が送っている。


同年齢の子達よりも小さく、体力に不安がある二人。
ちょうど雅紀の会社の途中に学校があったことが幸いし、こうして毎朝スーツでママチャリを漕いでもらっていて。


ふぅ、と一つ息を吐き早足で駅へと歩みを進める。


潤とかずと一緒に暮らせるようになったのは嬉しいんだけど、この毎朝の疲労感はどうしたものか。


これから出社というのに、既に一仕事終えた感が否めない。


いつもと変わらないビジネスバッグの筈が、やたら重く感じたりして。


だけど…


こんな疲労も、今までは感じたことのなかったもの。


今ではすっかり当たり前になった朝のドタバタも、俺たちにはその"当たり前"すら存在しなかったから。


こうして少しずつ"家族"を噛み締める毎日が来るなんて、夢にも思ってなかった。


雅紀と出会うまでは…



駅の改札を抜けて、満員電車に潜り込む。


なんとか掴んだ吊革に体重をかけながら、ふと目の前の中刷り広告に目が留り。


そこには、湯けむりの立ち昇る温泉で寛ぐ家族と、豪華な懐石料理が煌めいていて。


一瞬でその広告に目を奪われ、すぐ脳裏にパッとイメージが浮かんだ。



俺達の中で、子ども達への役割に関しては自然と確立したものがある。


料理や家事全般が得意な雅紀は、どちらかと言うと"お母さん"的な立場。


子ども達を風呂に入れたり、勉強をみてあげてる俺は"お父さん"的な立場で。


その広告の写真を一目見て、まさに『家族』というフレーズにがっちりハマったような気がしたんだ。



…温泉旅行か、いいなぁ。


普段雅紀には、俺よりも大変な役割を担ってもらってるから。


旅行しようって言ったら、喜ぶかな。



一人そんなことを思っていると、ひしめき合う電車内も不思議と苦にはならなかった。

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