煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
「…温泉?」
後ろの食器棚に皿を収めていた雅紀から、ぽつりと小さく返ってきた。
「うん、温泉旅行とかさ、どう?」
シンクのゴミを拾い集めてゴミ箱へ捨てつつ、雅紀に振り向いてそう答えると。
驚いたような嬉しいような何とも言えない顔で、あわあわと口を動かしているのがなんか可笑しくて。
「ふはっ、なんだよその顔。どう?いいと思わない?」
含み笑いながらまた問い掛ければ、途端に雅紀の瞳が輝き出した。
「っ、いいっ!いいねそれっ!うわぁ~超楽しみっ!」
一気に期待に満ちた表情になり、残った皿をせかせかと棚に運ぶ。
「え、いつにする?翔ちゃん休み取れんの?
あ、かず達も行けるか大野先生に聞いてみなきゃね」
ウキウキしながら矢継ぎ早に続ける雅紀に、自然と笑みがこぼれた。
目を細めて皿を片付けていくその姿を盗み見て、実は今回の旅でどうしてもやりたいことがあって。
それは…
"雅紀と一緒に風呂に入る"こと。
雅紀と一緒になってもう二年が過ぎようとしているのに、実は俺達は…"まだ"なんだ。
潤とかずが入院している間には、いくらでもそんなチャンスはあったはずなんだけど。
もちろん俺だって、見す見すそんな機会を逃してきた訳じゃない。
意を決して、何度か雅紀の部屋のドアをどきどきしながらノックしたはいいものの…
お互い変なプライドなのか恥ずかしさなのか、結局そんなムードにはなれずに何となくこれまでやり過ごしてきた。
そして潤とかずと一緒の生活になった今では、そんなことできる余地は微塵もなくて。
だからせめて風呂ぐらいは…なんて淡い期待を込めていたりする。
…というか、そもそも"あの"問題も未解決のままだし。
それがあるから先に進めないってのも一理ある、か…。
「ねぇ翔ちゃん、」
「っ!え、あ、なに?」
急に呼ばれて、浮ついた思考が見透かされてないかとどきっとする。
「俺さ、明日大野先生に電話しとくよ。
子ども達連れてっていいか」
屈託のない笑顔でそう言う雅紀が、リビングの子ども達に『お風呂入るよー』と投げかけているのを見つめて。
…お風呂、うん、よし。
改めて今回の旅の俺だけの裏テーマに、そっと小さく意気込んだ。