煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
一目散に駆けて行った二人の後について近付くと、大野先生が子どもたちの目線にしゃがんだ。
「おー、元気そうだね二人とも。
なに、買い物に来たんだ?」
「うん!おとーのおてつだい」
「せんせーもかいもの?」
二人の頭をよしよししながら笑いかける大野先生が、こちらに気付いて見上げる。
「どうも。二人とも元気そうで」
「ふふっ、見ての通りです。先生今日はお休みですか?」
「今日は非番で。いつ呼ばれるか分かんないけど」
そう言って黒縁眼鏡を上げながらふにゃっと笑う。
あ、そうだ…!
「先生、あの、今度子ども達と旅行に行こうと思ってるんですけど…」
ちょうど良いタイミングだと気付いて、例の旅行のことを訊ねようと続けた。
「旅行?」
「はい、温泉旅行に…」
「あぁ~温泉ね…」
立ちあがった先生が『う~ん』と考えるようなポーズを取るから、若干緊張しながら返事を待っていると。
「…まぁいいんじゃない?あんまり長く浸からないようにね」
いつもの呑気な声でそう告げられ、思わず肩の力が抜けてホッとする。
「え?おんせん?なに?ぼくたちも?」
「りょこういくの?え、いつー?」
足元で俺達のやり取りを聞いていたかずと潤が、足に纏わりついて見上げながら訊いてきて。
「そっ、旅行行くの。おっきいお風呂入れるよ?」
笑いながら答えてやると、二人してみるみる内に瞳が輝き出した。
「いい子にしてたらねー」
付け足したその言葉ははしゃぐ二人には届いていないようで、隣に並んだ大野先生もそんな子ども達に優しい笑みを向ける。
「…温泉かぁ、いいなあ」
「ふふっ、櫻井が提案してくれたんです」
「へぇ、櫻井さんが」
少し驚いた顔をした後、すぐにふふっと鼻から笑みをこぼして。
「…なにか変ですか?」
「いやいや…そっかぁ、うん。なるほど」
またふふっと笑いながら、堪えるように口元に手を当てる先生。
その様子を訝しげに見ていると、眼鏡をくいっと上げながら口を開いた。
「櫻井さんに言っといて。
"がんばれ"って」
「がんばれ…?」
「うん、じゃあまた」
意味深な言葉を残し、子ども達に手を振って先生は去っていった。
翔ちゃんに"がんばれ"って…
なんのこと…?