煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
なだらかな坂を上りきると、緑に囲まれた霊園が姿を現した。
目線を下げれば、俯いたままの潤が繋いだ手にぎゅっと力を込めて握ってくる。
それをそっと握り返して、後に続く雅紀達とともに妻の眠る墓前へと足を進めた。
花を手向けて、線香を焚いて。
墓前にしゃがんで手を合わせようとした時、隣でしゃがみ込む潤が小さく口を開いた。
「パパ、これ…」
カサっと音を立てて取り出したのは、二つ折りになった紙。
「ママに…おてがみかいた」
そう言うと、俺の前に『はい』と差し出してきて。
反射的に受け取ろうとして、手を止めた。
「…そっか。じゃあ、ここに置いて」
優しく微笑んで供台を差し示せば、妻に宛てた手紙をその小さな手でそっと供える。
「…ママに、お別れ言おっか」
ぽつり呟いて潤を見ると、こくんと頷いて俺と同じように手を合わせた。
…今まで、潤に黙っててごめん。
本当はもっと早く、ここに連れて来るべきだった。
いつだって潤のことを気に掛けていた君だから、潤を遺して逝ってしまったことを凄く悔やんでるだろ?
それに、こんな頼りない俺なんかに潤を託すのも、心配だったんじゃないか。
…でも、安心してほしい。
俺には今、君と同じくらい大切だと思える人がいる。
いや、君以上かもしれない。
こんなこと言ったら君はきっと怒るだろうけど、俺は…俺達はもう、その人なしじゃ生きていけないんだ。
その人はどこか君に似ているところがあって、もしかしたらそれも惹かれた理由だったのかも。
ほら…そこからも見えるだろう?
この人のお陰で、俺達は前に進むことができたんだ。
潤も俺も、今凄く幸せだよ。
それは、君と過ごした日々があったからだと思ってる。
今まで…本当にありがとう。
そして…
これからもどうか、俺達を見守っていてほしい。
「…ママ」
心の中で静かに語りかけていると、隣から潤の掠れた声がして。
目を向ければ、顔の前で手を合わせて小さく震えながら、何度も『ママ』と呟く潤の姿が。
堪らなくなって手を伸ばそうとした時、後ろから潤をぎゅっと抱き締める雅紀が視界に映って。
雅紀…
何も言わずにただ温もりを与えてくれている雅紀の頬にも、幾重にも涙の跡が伝っていた。