煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
ふと気付くと後部座席が静まり返っていて。
バックミラー越しに覗き見れば、案の定二人して寝息を立てていた。
妻のお墓参りを終え、車は目的の温泉宿へと向かっている。
あの後、雅紀は潤が落ち着くまでずっと抱き締めてくれていて。
暫く経ってようやく立ち上がった潤に、今度はかずがその手を取って一緒に歩き出してくれた。
そんなかずの優しさに、俺もつい熱いものが込み上げてきて。
大の大人が二人、ぐずぐず鼻を鳴らしながら霊園を後にした。
「ふふっ、寝ちゃったね…」
後ろを振り向き笑みを零した雅紀が、こちらに視線を向けているのに気付く。
「…ん?」
「うん…会えて、良かったなって」
チラッと目を遣ると、一瞬合った目はすぐに前に向けられた。
「俺達にとってもさ…凄く意味があることだったなって」
穏やかに話すその声は、走行音だけの車内に温かく響く。
「なんか…初めまして、って感じでさ。
かずのこともよろしくお願いします、って…」
「うん…」
「俺の事、嫌いにならないでくださいって」
「ふは、なんだよそれ」
「だってそうじゃん。俺はそういう立場だし」
控えめに笑いながら続ける雅紀。
「でも…やっぱ一番は"ありがとうございます"かな」
「え?」
「…翔ちゃんと潤に出会えたのは、奥さんのお陰なんじゃないかなって」
ゆっくりと言葉を紡ぐ雅紀に、前を向いたまま答える。
「確かにな…それは俺も思う」
「絶対そうだと思うよ。それに子ども達がこんな元気になったのもきっと…」
『天国のママのお陰だね』と言いながら、また後部座席の二人に微笑みかけた。
そうだよな…
子ども達がこんなに元気になってくれて。
一緒に生活して、学校に行けて、こうして旅行までできて。
妻が叶えられなかった"当たり前"を、俺達に与えてくれたのだろうか。
「…あ、そういえばさ」
ふいに雅紀が口を開いて、俺に視線を寄越す。
「こないだ大野先生に旅行のこと訊いた時さ、なんか分かんないけど翔ちゃんに"がんばれ"って言ってたけど」
…っ!?
「それってどうゆう意味?」
不思議そうに尋ねてくる瞳に気圧され、真っ直ぐ前を向いたまま『さぁ?』と首を傾げた。
やっべ…
先生に完全にバレてるっ…!