煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
ゆっくりとした揺れを感じて意識が浮上する。
いつの間にか眠ってしまっていたらしく、気付けば旅館の駐車場に到着したようだった。
「ん、ごめ…寝てた、」
「んん、全然。よし、着いたぞ」
慌てて頭を覚醒させて、助手席のドアを開ける。
すると、寝起きの目に飛び込んできたのは、何とも雰囲気のある古風な旅館で。
「うわぁ…なんか超いい感じだね!」
「ふふっ、だろ?」
外観だけで一瞬で惹き込まれてしまい、思わずその感動を素直に伝えると。
後部座席のドアを開けながら、翔ちゃんがドヤ顔で笑いかけてくる。
この旅行に関しては、宿の選択から道程に至る全てを翔ちゃんに任せていた。
初めての家族旅行とあって、俺も翔ちゃんもこの日に懸ける想いは特別なものだったから。
だけど、どんな旅館に泊まるとか、翌日は何をするとか、全く聞かされていなくて。
きっと、サプライズ的に俺や子ども達を喜ばせたいと思ったに違いない。
その思惑通りのリアクションを見せた俺に、さっきの翔ちゃんの得意気な顔が蘇る。
そういうところがなんか可愛いというか…俺の、翔ちゃんの好きなところでもあるんだ。
自然に緩む頬をそのままに、同じように後部座席のドアを開けると。
未だスースーと寝息を立てるかずに、肩を揺さぶりながら声をかける。
「ほらー着いたよー、起きなー」
ゆさゆさと揺すれば、眉間に皺を寄せて唸り出し。
うっすら目を開けぼんやりしながら俺を捉えたかずが、甘えた声で手を伸ばしてきて。
「おとー…だっこ…」
もう一年生にもなるのに、かずはいつまでも俺に抱っこを要求してくる。
今まで離れていた分、甘えたいのはよく分かるけど。
いくら他の子より小さいと言えど、7歳になろうかという子の重みは結構堪えるんだ。
…でも。
そんな、俺に甘えてくるかずがどうしようもなく可愛いのは事実で。
俺も相当な親バカなのは自覚してるし、翔ちゃんだってきっと…
「パパぁ…だっこぉ…」
目を擦りながらポツリ呟く潤を『しょうがないな』なんて言いながら、嬉しそうに抱きあげる翔ちゃんと目が合い。
後部座席に屈んで乗り込んだまま、疎通し合った気がしてお互いふふっと照れ笑った。