煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
「潤…良かったね、」
ぽつり呟いた雅紀は、穏やかな眼差しを潤に向けていて。
「よく…乗り越えられたと思うよ」
そう続ける雅紀と同じように目を遣ると、俺達の真似をしてジュースで乾杯している二人が目に映る。
その潤の顔は、心底楽しそうで。
ここに来る前、母親に永遠のお別れを言ってきたとは思えない程、ずっと笑ってるんだ。
「…潤は強い子だね。優しくて、強くてさ。
翔ちゃんとそっくり」
そう言ってふふっと笑いながら、缶ビールを煽る。
…俺は、強くなんてないよ。
いつまでも過去のことを引きずって、潤にまで辛い思いをさせてしまった。
本当は、まだ何も分からなったあの頃に、すぐに伝えた方が良かったのかもしれない。
そしたら、最期のお別れだって面と向かって言えたはずなのに。
だけど、どうしてもできなかった。
このまま妻も、もしかしたら潤も居なくなってしまうんじゃないかって。
大切な存在を一気に失くすことなんて、あの頃の俺には耐えられなかった。
現実と向き合いきれてなかったのは…俺だったんだ。
俺なんかよりよっぽど、潤の方が何倍も強いよ。
「…翔ちゃんは?」
ふいに雅紀が、ビールをコトッとテーブルに置いて目を伏せた。
「翔ちゃんは…」
そうして探るような瞳でこちらを窺う雅紀の、その言葉の意図が分かって。
俺もビールを置いて、雅紀を真っ直ぐ見つめて口を開く。
「うん…もう、大丈夫だよ。
雅紀の…雅紀と、かずのおかげだよ」
雅紀とかずが、俺達を救ってくれたんだ。
…あの時も、今も。
言い終えても尚こちらを見つめてくる視線に耐えられず、照れ臭くて鼻をスンと啜ると。
「…そっか。良かった、力になれて」
小さく呟いて細められた瞳がキラキラと輝いていて、その笑顔にきゅんと胸が高鳴った。
…そう。
俺は、現実と向き合わなきゃいけないんだ。
目の前にいる大切な人を、守っていく為に。
一緒に過ごせる時間を、今度こそ大事にしたい。
だから…
「ねぇおとー、トランプしよー?」
突然の声に我に返ると、トタトタと窓際にやってきたかずが、雅紀の浴衣の袖を引っ張っていて。
この先のことを小さく意気込もうとしていた胸の内を遮られ、勝手に顔が赤くなった。