煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
それからしばらくは、みんなで一頻り遊んだ。
ババ抜きをしようということになり、旅館という場所でトランプというシチュエーションにすっかり童心に帰った俺は、子ども達相手につい本気になってしまって。
だけど…
「あー、またおとーのまけー!」
「ぐあああっ!うそ!なんでっ!?」
「おとーさんよわーい!」
何度やっても雅紀が負けて、その度に涙目になって悔しがる姿がなんだか可笑しくて。
終いにはかずが『おとーがかわいそうだからいっしょにする』と言って雅紀親子と俺と潤の対決になったり。
かずとペアになりようやく負けを逃れたところで、トランプ大会は幕を閉じた。
…そして、今。
子ども達が疲れて寝静まった頃合いを見計らって、二人で露天風呂に入っている。
同じ場所の筈なのに先程とはまた違うように感じるのは、濃く深くなった闇とぼんやり浮かび上がる月のせいだろうか。
それに、子ども達と一緒の時にはお互いのことをあまり見てなかったから。
ちゃぷん、と水音を立ててお湯を撫でる雅紀の腕が、視界の隅に映る。
隣り合う雅紀の肩に、触れそうで触れないこの微妙な距離。
まだ一度も雅紀の方を向けていない俺は、もくもくと上がる湯気が夜の闇に消えていくのをただぼんやりと眺めるしかなかった。
またちゃぷん、と音がしたと同時に、隣から小さな息が漏れる。
「…いい気持ちだね」
ぽつり発した雅紀の声は、夜の帳に静かに響いて。
その声に自然と目を遣った時、思わず息を呑んだ。
檜の淵に背を預ける雅紀の、骨張った肩から首筋のラインがとても綺麗で。
短い襟足がそれを手伝って、今まで見たことのない色っぽい横顔がそこにあった。
…っ、雅紀…
空を見上げている雅紀の首筋には水滴が滴り、昇り立つ湯気に見え隠れしてやけに幻想的で。
見つめすぎたのか、その視線に気付いた雅紀の顔がこちらに向かれる。
…っ!
温泉のせいで火照った頬と、潤んだ瞳。
岩場の隅に置かれた間接照明の温白色が、艶を帯びた顔を控えめに照らして。
心臓が急に早まりだす。
捕えられたようにそのまま目を離せないでいると、ふと雅紀の目が伏せられ、次の瞬間水面が波立った。