煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
伏せられたままの睫毛がふるふると揺れて、また顔が逸らされそうになるのを阻むように咄嗟に抱き寄せた。
じゃぶん、と音を立てたのと同時に湯気ももくもくと昇り、目の前が微かにぼやける。
引き寄せられてなだれ込んだ雅紀は、突然のことに声も出ないようで。
辺りの静けさが、どくどくと今にも飛び出てしまいそうな心臓の音を助長させる。
抱き締めた背中の滑らかさや、頬に触れる柔らかな髪の感触。
こんなに近くに雅紀を感じられたことが、今まであっただろうか。
さっきまでの動き出せないでいた自分が嘘のように、今はもっと雅紀を感じたいという思いに駆られていて。
「しょうちゃ…」
耳元に届いた微かな声に、ぴくりと肩を揺らす。
「…雅紀、」
「…うん」
きっと雅紀も、俺と同じように一歩を踏み出したいと思ってくれていたんだ。
俺ばっかりが思ってたことじゃなかった、ってことだよな…?
「雅紀は…どうなの?」
「…え?」
「どうしたいの…?」
俺が訊かれた方なのに同じことを返すなんて、と思ったけど、雅紀の気持ちはどうなのかが気になる。
雅紀は…
俺を"抱きたい"のか、俺に"抱かれたい"のか…。
『どっちがどっち』で大野先生に悩まされた結果、正直俺は…
俺は、雅紀を抱くことしかイメージになかったんだ。
「俺は…」
小さく呟く雅紀の声が肩口に届いて、その先の言葉を待つ。
「俺はね…翔ちゃんの答えを受け入れようと思ってた。
翔ちゃんがいい様にしてくれたらいいって…」
「え…」
「翔ちゃんと…ひとつになれればそれでいいって…」
そう言うと、背中に回された腕がぎゅっと強まって。
雅紀っ…
「…どうしたいの?翔ちゃん、」
切なげに絞り出されたその声に、後押しされるように言葉が溢れた。
「俺はっ…雅紀を抱きたい。
抱きたいよ…雅紀、」
そう口にした途端、体の奥からジンジンと込み上げる熱を自覚して。
こんなに俺のことを想って俺に全てを委ねてくれる雅紀が、愛おしくて仕方がない。
黙って俺の言葉を聞いていた雅紀が微かに動いて、ゆっくりと体が離される。
密着していた胸元が外気に触れてひんやりしたのも束の間、艶を帯びた眼差しで見つめられて一気に体温が上昇した。