煩悩ラプソディ
第1章 それはひみつのプロローグ/ON
「…にのさぁ、」
沈黙を破るように、ふいに声がした。
ぼんやり物想いに耽っていたところに突然名前を呼ばれて、思わず肩を揺らしてしまって。
顔は動かさずに目線だけで確認すると、大野さんが右手で頬杖をついてこちらをジッと見つめていた。
「…なんですか」
自分を正すようにさっきよりも眉間に深く皺を寄せ、あくまで普通を装って単調に返事をする。
「…にのさぁ、集中してるときさ、口尖らすよね」
…は?
頬杖をついて目線をこちらに送ったまま、口だけを動かして大野さんが言う。
「なんか見てるとさぁ、触りたくなんだよね」
そしてヘラっと笑いながらサラッとそんなことを言った。
"触りたい"というフレーズに途端に顔中が熱くなるのが分かった。
やばい、なんか言わなきゃ…!
「…なによそれ、」
薄く笑って、そう絞り出すのが精一杯で。
自分でもサブいリアクションだって分かってるけど今はそうするしかできない。
「ねぇ、触らして」
ヘラヘラしながら、いつものジャレ合いモードのつもりでイスをずらして距離を縮めてきた。
空気が動いて大野さんの匂いがふんわりと鼻を掠める。
テーブルに腕を組んで俺の横顔を窺い見てる。
心臓の音がバレるんじゃないかってくらいうるさい。