煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
「…先生、笑い過ぎですって」
「くっくっくっ…ごめんごめん、」
来慣れたこの場所、いつもの丸椅子に腰掛けて話し始めたは良いものの、どうやらこの話は大野先生のツボにハマってしまったらしい。
「は~…ごめん。で?」
「いやだから、相葉が真っ赤になって逆上せちゃって…」
「…ふぅん、それで?」
「…いや笑ってんじゃないですか!ちょっと!」
「あっはは!ちょ、待って…も、ふふふっ」
堪え切れずに吹き出した先生は、眉を下げて腹を押さえながら心底楽しそうに笑っていて。
目尻の涙を拭いつつ、余韻にヘラヘラしている先生を恨めしく見つめる。
ー家族旅行から帰ってきた俺達には、またいつもと変わらない日常がやってきた。
雅紀が倒れたあの夜、俺と雅紀から一時も離れようとしなかった潤とかず。
結局それぞれの布団に潜り込んできて、添い寝状態で寝ることになり。
広い部屋にきれいに敷かれた四組の布団は、端っこの二組は使われることなく朝を迎えた。
それからというもの、潤とかずが甘えてくる度合いが大きくなった。
あんな雅紀を目の当たりにしたせいで、いつか俺達がいなくなってしまうんじゃないかという恐怖心を植え付けてしまったようで…。
抱っこや添い寝を頻繁に要求してくるようになり、幼児返りしてしまったような気がしてならない。
そんな子ども達の手前、またあの時のような事件を起こす訳にはいかず。
その前に、潤とかずにがっちりガードされている俺達は、二人きりの時間をほとんど持てていない状況で。
だけど…
今は、これでいいのかもしれない。
あんなことがあって、子ども達にとって俺達の存在がどれ程のものかを思い知らされたから。
あの子達には、俺らしかいない。
俺達は恋人である前に…あの子達の親なんだ。
それがよく分かったし、ちょっと反省というか…頭を冷やす意味でも今はこれでいいと思ってる。
こほん、と咳払いをしてココアを啜る先生は、ようやく落ち着いた様子で。
黒縁眼鏡を曇らせつつも、こちらに焦点を合わせて口を開く。
「うん、それで…どうなったの?あのことは、」
「え?」
「アレだよ、アレ」
『決めたの?』と付け足すと、眼鏡の奥の瞳をいたずらっぽく細めた。