煩悩ラプソディ
第5章 愛情注ぐ理由はいらない/ON
玄関のライトを点けてからドアを少し開けると、キャップを目深に被った大野さんが顔を覗かせた。
俺の顔を見ると、キャップの鍔をクイっと上げてふにゃっと笑う。
そんないつもの仕草なのに、必要以上にドキっとしてしまう。
俺の家に来た、っていう思いもよらない状況のせいも大いにあるんだけど。
「…どしたの、急に」
「ん、ちょっと…入っていい?」
「あ、あぁ…うん、」
意味深にそう言って、少し開けていたドアをグイッと開けて中に入ってきた。
右手には、重量感のある白いビニール袋を提げていて。
「…なに?それ、」
「え?あ、ビール、」
問いかければ、靴を脱ぎながら当然のように言ってのけた。
「えっ?なんで?」
「なんでって…飲みたいから」
「…え、ちょっと待って、俺いまからアナタと飲むの?」
「うん」
「ここで?」
「うん」
真顔で答えると、その場で固まる俺をよそにスタスタとリビングへと続くドアへ歩いていく。
…ちょっ、まてまてまてっ!
…ウソでしょ!?
「…にの?入るよ?」
リビングのドアレバーに手をかけたまま、振り返ってこちらを見る猫背のおじさん。
…ぜんっぜん心の準備できてないんですけど!
心臓の鼓動が急に早まってくる。
顔もじんわり熱くなってきた。
昨日の夜、頭の中に居た大野さんがふいに脳裏に蘇る。
その顔を、
その声を想って、
俺は自分を慰めた。
そのことを思うと途端に居た堪れなくなって、思わず両手で口を覆った。
はっ、恥ずかしすぎるっ…!
「…なんだよお前、どしたの?」
「…や、なんでもない、」
モゴモゴとそう言って、目を合わせずにリビングへと入った。