煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
ナースステーションの前を会釈で通り過ぎ、足早に"相葉和也"のプレートを目指す。
開かれたドアの奥に足を進めると、ベッドサイドの丸椅子にちょこんと座る小さな後ろ姿を見つけて。
「潤っ、」
声をかければ、振り向いた潤が笑顔で椅子から飛び降りて駆け寄ってきた。
「おとーさん、おかえりっ」
ぎゅっと足に抱き着いて見上げられ、思いの外いつもと変わらない潤の様子に戸惑いを隠せない。
「かずは…?」
「かずくん寝てるよ」
手を引かれながらベッドに促され、半分閉められたカーテンをそっと開くと。
いつもの横向きの姿勢で、こちらに顔を向けてすやすやと眠るかずの姿が。
顔色も普段通りで、小さく口を開けて眠るその様子に安堵が広がった。
「お、お疲れ」
ふいに後ろから声がして振り向くと、スーツ姿の翔ちゃんから笑いかけられて。
缶コーヒーを差し出され、反射的に受け取る。
「大丈夫だったか?仕事、」
「うん、それは大丈夫だけど…かずどうしたの?」
眠るかずはいつもと変わりない様子だけど、緊急搬送なんて今までほどんどなかったから。
一体何が起こったのかを知るまでは、本当に安心することは出来なくて。
「うん…ちょっとはしゃぎ過ぎたな、俺ら」
「…え?」
翔ちゃんが目を伏せながら、ふぅっと一つ息を吐いた。
「…どういうこと?」
「うん…こないだの温泉がさ、負担かかってたみたいでさ…」
「えっ…」
翔ちゃんのその言葉に一瞬固まって、すぐにかずへと視線を送る。
聞けば、あの旅行で温泉に浸かったことが引き金となって軽い発作が起きたらしく。
学童保育中に急に意識を失くしてしまったところを、緊急搬送されたようだった。
「そんなに入ってなかったのに…」
「ん…出たり入ったりしたのもマズかったんじゃないかって、先生が」
翔ちゃんが遠慮がちにそう言うと、傍の潤が途端に小さく肩を竦める。
「ぼくのせい…?」
「ううん…違うよ。潤は何も悪くないの。
潤が先生に言ってくれたんでしょ?
病院に連絡してって」
「…うん、」
「潤がすぐに先生に伝えてくれたから、かずは病院に来れたんだよ?」
潤の傍にしゃがんで顔を覗き込みながら告げると、大きな瞳を揺らしてこくんと頷いた。