煩悩ラプソディ
第24章 半径3mの幸福論/SA
そんな優しい潤に微笑みかけ、ふと腕時計に目を遣れば19時を回ろうとしていた。
「…今日はここに泊まるよ。翔ちゃん、潤のご飯お願いしていい?」
潤の頭をぽん、と一撫でして立ち上がり、そう投げかける。
今日は、かずの傍にいてやりたい。
目覚めた時に誰も居ないなんて、寂しい思いさせたくないから。
「…ん、分かった。家のことは大丈夫だから。
なんかあったら連絡よこせよ」
頷きつつ答えた翔ちゃんが、かずの頬を撫でて『おやすみ』と声を掛ける。
続いて潤も、眠るかずの手をきゅっと握り『かずくん、あしたね』と呟いてから、俺に手を振り病室を後にした。
静かになった病室に、かずの規則正しい寝息と遠くの方から機械的なアラーム音が聞こえてくる。
小さく細い腕には点滴の針が埋まり、上方へとチューブが伸びていて。
かずの艶やかな黒髪をそっと撫でながら向けられている穏やかな寝顔を暫く眺めていると、テレビ台の横に置かれたランドセルが目に入った。
かずが連絡帳を毎日見せにくるのを思い出し、ベッドの反対側に回り込んでその中を覗き込む。
数冊の教科書とノート、そして数枚のプリント。
そういえば、かずのランドセルの中身をちゃんと見てあげたことってあったっけ?
初めこそは一緒に準備してたけど、最近は手を出そうとすると『おとーさわらないで』って言われるもんな。
相変わらずゆっくりと上下させている小さな肩を見遣り、そろりとランドセルに手を忍ばせた。
…あ、これテストじゃん。
漢字の書き取りかぁ~。
お、きれいに書けてる。
おいおい、名前!
"あいばかずない"だって。
先生に訂正されてんじゃん、ふふ。
次々に出てくるかずの成長の証に、一人笑みを溢していると。
最後に、二つ折りになったプリントが出てきて。
かさっと開くと、それは学校からのお知らせプリントだった。
「…ぁ」
授業参観…
そっかぁ…授業参観とかもあるんだっけ。
羅列された文面を眺めつつ、何故だかじんわりと熱く込み上げてきて。
かずの成長を、ここまで見れるなんて正直思ってなかった。
まさか、かずが小学校に行けて、その成長を目の当たりにする日が来るなんて。
…ねぇ、かず。
親として…俺も少しは成長できてる?