煩悩ラプソディ
第28章 風の宅配便/ON
思い出したようなその口調に、『うん?』と小さく訊き返すと。
『うちの畑で採れた野菜とか送っから。
今年のは良い出来なんだよ。
あ、あとな、見してぇもんもあるから。
それも一緒に送るわ』
電話口の弾んだ声色は、きっとあの垂れ目を細ませて笑ってる。
「…ん、そっか。ありがと。
野菜すげぇありがたい」
『ふふっ、めちゃくちゃうめぇぞ。
俺が作ったからな』
「え、大野さん作ったやつ?おじさんじゃなくて?」
『俺だよ。俺だってなぁ、もう立派な農家の端くれなんだよ』
「へぇ~頑張ってんだぁ…」
『あたりめーだろ。なめんじゃねぇ』
なんだか得意げな大野さんに笑いながら突っ込みつつ、言い知れないざらつきが胸に広がる。
実家の農家を継いで、地元に根を張って毎日頑張ってる大野さん。
それに比べて、なんの志もなくただふるさとを離れて上京した俺。
その理由だって、人様に言えたような可愛らしい恋煩いなんかじゃない。
勝手に好きになって、勝手に気持ちを押し込めて。
その独り善がりからただ解放されたくて、自分から離れていっただけ。
それなのに、こうして近くに大野さんを感じると、一瞬でそれが後悔に変わってしまうんだ。
どうしていつも、俺は逃げてしまうんだろう。
どうして俺は…
自分から大切なものを手放してしまったんだろう。
俺が上京することに、大野さんは初めは反対していた。
でも、俺が決めたことならと、最後は優しく背中を押してくれたんだ。
こんな後悔だらけの俺がいることを知ったら、大野さんはどう思うかな。
『なんだよそれ』って、眉間に皺を寄せて怒るかな。
それとも呆れた顔で『バカかお前は』って、俺のこと笑うかな。
それとも…
『…なぁ、聞いてるか?』
「…へっ?」
『へっ?じゃねぇ。つーか寒いのか?鼻啜ってっけど』
俺の中の大野さんに浸っていたら、いつの間にか込み上げていたらしい。
上の空だった電話越しからそう指摘され、慌てて手の甲で涙を拭う。
「ううん、ごめん、平気…」
『そぉか?ならいいけど。
風邪引くなよ、一人なんだから』
「…うん。気ぃつける」
"じゃあまたな"と残して終わった通話に、その場から動けずに暫く画面を見つめていた。