煩悩ラプソディ
第32章 あいつがライバル/AN
「…どしたんすか」
「えっ、なにが?」
「んふふ…や、何でもない。
で、今日はどこ連れてってくれんの?」
キャップの鍔の奥から覗く潤んだ円らな瞳。
少し低い位置にあるにのの目線は、こうして目を合わせる度に自然と上目遣いになる。
普段からよく隣に居ることは多いけど、車っていうシチュエーションはなかなかないから。
この狭い空間のおかげか、いつもよりにのを近くに感じられて。
それに仕事ではないプライベートな時間というのも、この異様なドキドキに追い打ちをかけてくる。
俺、こんな状態で今日一日もつんだろうか。
ライバルは優太なんて言ってるけど、まずは自分に打ち勝たないと始まらないような気がする。
また焦って空回ったりなんかしたら、リベンジデートなんて言ってる場合じゃないし。
「ねぇどこ行くの?」
「あ、えっとね…」
「遊園地以外で」
「えっ!?」
「え?」
呟かれたその言葉に、運転してんのにがっつりにのの方に顔を向けてしまって。
「ほら危ないって。
いやウソでしょ、遊園地行くの?」
「え?いや…」
「どうせ迷子になるのに?」
「っ、…もうなんないって」
「また優太に探してもらうつもり?」
「だからあれは迷子ってゆうか…事故!事故だから!」
「いや迷子だろどう考えても」
「っ、うるせぇなっ!お前は黙ってついてこ、」
「まぁくん!にのちゃんいじめちゃだめっ!」
ちょっとだけ大きめの声を出した瞬間、背後からそれに勝る優太の叫び声が飛んできた。
「だめっまぁくん!おこっちゃだめ!」
バックミラーで確認すると、眉間に皺を寄せて幼児ながらに険しい顔を俺に向けている。
そんな優太と何も言えなくなった俺を見てぷっと吹き出したにのが、後ろに振り向いて手を伸ばし。
「優太助けて!まぁくんにいじめられる!」
わざとらしく切羽詰まったような声を出せば、たちまち優太は小さな騎士みたいに目を輝かせて。
「にのちゃん、ゆうたがまもるね!」
そう言うと、にのの手をぎゅっと握ってぶんぶんと振った。