煩悩ラプソディ
第32章 あいつがライバル/AN
「っ、びっ…くりしたぁ」
「いやそんな驚く?」
ふいの左手の感触に、これも演出の一部かと思ってしまって。
しっかりと掴まれた左の手首には、にのの柔らかい手の感触。
「前見えねぇのよ」
「…くふ、代わろっか?」
「いやいい」
即答するにのがなんかおかしくて、俺の左手首を掴んでるその手をずらしてぎゅっと手の平を握り直した。
「離れんなよ?」
「んふふっ…」
わざとキメ顔でそう言うと、にのは目を上げてただ笑ってみせた。
両手に幼児と大人の男を引き連れて、ひたすらに通路を進む。
「うわっ…!」
「きゃあ!」
同じ場面で優太とにのが驚くもんだから、お化けじゃなくてその声に俺は反応してしまってて。
俺もこうゆうの得意なほうではないけど、こんなにしがみ付かれて頼られたら驚いてなんかいられない。
いつしか右手の優太は俺に抱っこをせがみ、左手のにのは肘の辺りまで両手でしがみ付いている。
立ち止って優太を抱っこした時、頭に三角の布をつけたベタなお化けに背後から脅かされたにのが声を上げ。
どんっとぶつかるように俺にしがみ付いてきて、一瞬優太を落っことしそうになった。
横目を遣れば、キャップの鍔で隠れているにのの顔は俺の肩に宛がわれていて。
「はぁ…もうやだ…」
ぎゅっと肩口に当たるその感触と掠れ声に、密着してるこの状態を思い知らされ。
急にどきどきし始めた心臓が、背中越しににのに伝わってないかと焦る。
「…多分もうちょっとだから」
辛うじてそれだけ伝えて一歩を出すと、そのままぴったり寄り添うように歩き出したにの。
前に優太、背中ににの。
…俺、今この瞬間だけめっちゃモテてる気がする。
くっついたにのから度々上がる声を背中に感じながら、この時間を噛み締めるようにゆっくりと足を進めた。
パッと明るくなった視界に目を顰めつつ、ようやく出口に辿り着いたことを優太に知らせる。
優太がにのとお化け屋敷に入りたいって言ったのに。
さっきは『にのちゃんを守る』なんて言っちゃってたけど。
結局ずっと俺の首に纏わりついて顔を一度も上げなかった優太と、最後まで俺から離れなかったにの。
ちゃんと二人とも俺が守ってあげましたとも。
…なんならオイシイ思いもしちゃったし。