煩悩ラプソディ
第32章 あいつがライバル/AN
『ん…』と鼻から抜けるような吐息が聞こえ、にのが目を覚ました気配がした。
狭い助手席で腕と脚をくーっと伸ばした後、顎をかくっと鳴らすいつもの仕草を見せる。
「あー…寝てた。ごめん」
「ぁ、いや…」
「…どしたの?電話?」
路肩に停まっているこの状況を不思議に思ったらしく、俺の手元を見ながら寝起きの甘ったるい声で問い掛けられ。
…どうしよう。
言うべきか、言わざるべきか。
でも、にのんちに行ってから伝えたって遅いよな。
『は?なんでさっき言わねぇの?』とかって怒られそうだし。
つぅかそもそも"優太を置いて帰ってもいい?"なんて言える訳ないもんなぁ…
言える訳ないよ、うん。
さすがにそれは言えない。
言えるとしたら…一つしかない。
頭をふるふると振ってキャップを被り直すにのに向かって、探るように慎重に口を開いた。
「あのさ…明日何時から?」
「ん?んーっとね…遅かったよ確か。14時かな」
「そっか、うん…そっかそっか」
幸い俺も、明日は遅いスタートの日だった。
これはもしかしたら…いけるかも。
「で、今日の夜ってさ…何か予定あんの?」
「…今日?いや別にないけど」
さっき遊園地で"優太は夕方には家に送る"って伝えてたから。
きっとにのも、それまでの間だけ自宅に招こうとでも思ってたんだろう。
後の予定が入ってなくて良かった。
よし…ここまでは順調。
問題はここから。
「いやあのさぁ…実はさっき従姉から連絡あってさ…
あ、優太の母ちゃんね。でさぁ…」
「うん」
「優太をね、今晩預かることになっちゃってさ…」
「えっ?」
静かに告げれば、思った通りの反応を見せたにの。
声も表情も、俺の思った通りそのまんま。
「え、どうすんの?」
「うん、預かるしかないよね…」
「仕事は?早いの?」
「いや俺も昼からだから…何とか大丈夫かなって」
「…へぇ、そっか…」
わざと精一杯困ったような声色と表情で言ってみたけど、にのは短く言葉を返して黙り込んでしまって。
何かを考えるように一点を見つめるにのに、意を決していよいよ口を開く。
「あのさ、」
「ねぇ、」
ほぼ同時に発せられた言葉に、お互いびっくりして目を合わせた。