テキストサイズ

煩悩ラプソディ

第34章 君の瞳に恋してる/AN






「お疲れさまでした!」


行き交うスタッフさんに元気良く挨拶をしながら廊下を歩く。


ようやく辿り着いた一番奥の楽屋に入るとすぐに、鏡台の椅子にへたり込むように座った。


まだ慣れないテレビのお仕事。


それに今日は振りを間違えちゃったし、司会の方とも上手くおしゃべりできなかった。


ゆっくりと重い頭を上げれば、大きな鏡に映った情けない自分の顔。


ほっぺたを摘まんでぐいっと引っ張ると、たちまち歪むその表情。


『なにその顔…』だなんて、そこに映る自分に悪口を言ってみたりして。


はぁと一つ息を吐き、傍らに置いていたリュックからある物を取り出す。


お仕事でミスをして落ち込んだ時に、必ずこれを見て元気をもらうんだ。


もう何度も開いて紙擦れの音すらもしなくなったそれに視線を落とす。


少し癖のある字を目で追いながら、心がじんわり温まっていくような感覚がした。



その人と初めて出会ったのは、よく行くコンビニだった。


いつものようにレッスン帰りに立ち寄ったそこで、いつものように漫画雑誌を立ち読みしていた時。


隣にやってきた人からすごく視線を感じてたけど、何だか怖かったから無視してたんだ。


そしたら、微かに聴こえてきたその曲にどきんとして。


まだデビューして間も無い俺の曲なんて聴いてくれてる人に、初めて出会ったから。


すごく嬉しくてお礼を言いたくて、思わず自分から声を掛けちゃったんだ。


しかもその人は俺の大ファンだって言ってくれて、少しの間だったけどおしゃべりもして。


いわゆるファンっていう方と直接あんなに話したのは初めてだったから、何だか照れ臭かったけど。


それと同時に、本当にすごく嬉しかったんだ。


だからまたここで会えるかもって、コンビニに行く頻度を増やしてみたりして。


でもなかなかその人に会えなくて、ちょっと期待してた自分が恥ずかしくなっていた頃。


イベントのお仕事の時に、またその人と会うことが出来たんだ。


その時に貰ったこのファンレターには、俺を勇気付けてくれる嬉しい言葉がたくさん書かれていたから。


ファンレターを直接手渡しで貰ったのもそれが初めてだった。


俺にたくさんの初めてをくれた人。



「…相葉、さん」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ