煩悩ラプソディ
第35章 二人三脚/SM
「うわっ、風ちょー気持ち良いじゃん」
「あ、やべぇめっちゃ気持ち良い!」
車を降りてすぐ体に受けた潮風に二人して急激にテンションが上がる。
8月も終わろうかという今日のこの日。
昼間の暑さはほとんど無く、その代わりに心地良い潮風と波の音が俺たちを迎えてくれた。
砂の上がった石階段を降り一歩を踏み出せば、サクッと音を立てて靴が砂に埋もれる。
目の前に広がる海は赤い夕陽にキラキラと照らされ、静かに波立っていて。
砂浜に降りて更に感じる潮風と磯の香りに、無意識に大きく深呼吸をした。
「誰も居ねぇな」
「ね、ほんと」
周りを見渡してもそれらしい人影はなく、俺たちの前にはただ広大な海が広がっているだけ。
そんな奇跡的なこのシチュエーションに、ある意味引きの弱さを発揮した隣の翔くんにこっそり感謝してみたりして。
誰も居ないならと、キャップとサングラスを外してダイレクトに風を感じてみる。
「大丈夫?オーラ出まくってるけど」
「ふふっ、やっぱ出てる?いいよ誰も居ないんだし」
からかうように言う翔くんはとっくにサングラスを外してて、髪をなびかせながらくっくっと笑ってる。
つられてニッと笑い返し、歩き出したその背中について砂を踏み締めた。
特に何を話すでもなく波打ち際を数十メートル歩いた時、少し前を行く翔くんがふと振り返って。
「脱ぐか、靴」
「え?」
「ちょっと入ってみねぇ?」
言いながら俺の返事を待たずに靴を脱ぎ始める。
こうゆうたまに見せる子どもっぽいとこ、けっこう好きだったりするんだよね。
人を楽しませる為に率先して行動に移すのも、ほんと昔っから変わってない。
だから。
「あ、冷んめってっ!」
押し寄せてきた波に早速足を取られて悲鳴なんて上げちゃってるけど。
「ふふふっ、そんなことないでしょ~」
「いやマジだって、ちょ早く脱げって」
「そんな冷たいはず……いや冷めてぇっ!」
「ぶはははは!」
こんな何てことないお決まりのくだりだって、こうも全力で楽しめてしまうんだ。