煩悩ラプソディ
第35章 二人三脚/SM
それから一頻り足先で水の掛け合いをしたり、ヘンテコな漂着物に突っ込んだりしながら波打ち際を歩いて。
寄せては返すさざ波の冷たさにもようやく慣れた頃、辺りは少しずつ夜を迎える準備を始めた。
「翔くん、」
小さく呼び掛けてみても、聞こえていないのかよろよろと波打ち際を進む後ろ姿。
ふいに少し強くなった潮風にシャツがたなびく。
その風に一瞬顔を背けてまた視線を戻すと、数歩先だった翔くんの背中がいつの間にか数メートル先にあって。
なのに思わず立ち止まってしまったのは、そこに映った景色があまりにも綺麗だったから。
水平線の向こうに沈もうかとしている赤い夕陽。
その赤を鱗の様に水面に広げ、一本の光の筋を浮かべる海。
そして、潮風に包まれながらゆっくりと歩いていく翔くんとが。
まるで映画のワンシーンみたいに映って、その場から動けずに立ち尽くしてしまった。
心を動かされるってこうゆうことなのかな。
俺らなんかに今更トキメキなんてって思ってたけど。
こんなに突然、思い出したようにやってくるなんて反則じゃない?
「おーい、どしたー」
気配がないことにようやく気付いたのか、振り返った翔くんから間延びした声が届く。
監督からカットが掛かって場の緊張が和らぐように、その聞き慣れた声で止まっていた風景が動き出して。
「んー、何でもない」
同時に、振り返った形のままこちらを窺う顔に、何だかどうしようもなく愛しさが込み上げてきた。
波をよけながら早足で追い付けば、そんな俺に少し笑みを溢してまた歩き出そうとするから。
「ねぇ夕陽、沈むよ」
引き戻すように左手を掴むと、車内で外してもらった腕時計のおかげでしっくりと手の平に馴染んだ。