煩悩ラプソディ
第35章 二人三脚/SM
柔らかな砂浜に腰を下ろし、二人で夕陽を眺める。
辺りは驚くほど静かで、小さな波の音が耳に心地良い。
何を話すでもなく、ただ真っ直ぐに。
ゆらゆらと揺れながら沈んでいく赤を見つめていた。
こんな短い時間にこれだけ心が満たされるなんて。
特別なことなんて何一つしていないのに。
ただ、特別な人と同じ時間を共有しただけなのに。
…うん、やっぱり。
俺にとっての最高のプレゼントは、きっとこうゆうことなんだ。
ただ傍に居るだけでいい。
触れ合ってなんかなくたって。
それだけで満たされる。
俺たちはもうそんなとこまで来てるみたい。
…って思ってるんだけど、どう?翔くん。
そう心の中で呟くと、タイミング良く隣からポツリと声が届いて。
「…いいよな、なんか。こうゆうの」
目を向ければ、真っ直ぐ前を向いたままのその横顔。
穏やかな風に髪をなびかせ、完全にオフモードな声色で続ける。
「なんかさぁ、特別っつーか…いや別に大したことしてねぇんだけどさ」
そう言って笑いながら鼻をスンと啜るのは、ちょっと照れてる証拠。
「…お前がここに来たいっつった意味、なんか分かるよ」
水平線に淡い光を残して沈んだ夕陽。
辺りはすっかり薄暗くて、照れてるはずの翔くんの赤い顔も分からないほど。
「ふふっ…でしょ?最高でしょ」
「あぁ、ほんと最高」
分からないついでに、もう一つプレゼントもらっちゃおうかな。
「ねぇ」
「ん?」
「ひとつだけ特別なことしようよ」
「ん、なに?」
胡坐を掻いて背中を丸めたまま、無防備な顔がこちらを向く。
砂に手をついて距離を詰めれば、予想通りの驚いた顔。
「っ、ここで…?」
「いいじゃん、誰も居ないんだし」
「え?いやっ、あ…ほら、月が見てる…」
「ふふっ、何それ」
沈んでいった夕陽と入れ替わるように浮かんだ薄月。
…もうしょうがないな。
翔くんが恥ずかしがるからむこう向いててよ。
「…ほら、今見てないよ」
「ふは…ほんとかよ」
「うん。ねぇ…」
薄暗がりの中、さざ波の音と共にそっと寄せられた唇。
いつもよりしっとりした気がしたのは、心地良い潮風のせいだったのかもしれない。